わーっという両岸のどよめき――必死に漕《こ》いでくる警固の舟――川水の中へ、浮き上る黒い頭。その度に人々は
(越中守?)
 と、凝視したが、それは、家来で――いつまで経っても、越中守は浮いて出なかった。
(殺された――相馬大作だ)
 と、人々は、思って、自分達が、手出しをしても、無駄なような気がした。街道を、堤の上を、百姓が、旅人が、走って来たが、誰も止める人が無かった。
「血だ」
「ああっ。血だ」
 四五人が、水面を指さした。反対側の人々が、一時に見にきたので、船が傾いた。
「危ない」
「血だ」
「いかん。おーい、ここに血が」
 船中の人々は、川の上下で、水に潜ったり泳いだりしている人々へ、叫んだ。人々が、泳いで集ってきた。
「見えた」
「浮いた」
 川上へ黒い影がさしてきた。越中守の、黒い着物と、袴とが、水へ写って打伏《うつぶ》せになって、浮上ってきた。
 両岸の人々は、土堤《どて》の左右へ、我勝ちに走って、川面を、川岸を、注意していた。二町も、三町も、川の上、川の下へ、人々は、槍をもち、袴を押えて、走っていた。だが、曲者の姿は、浮いて来なかった。

    十

「何うだい
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