右源太は、頭を下げて、周章てて、又上げた。大作は、帯を締めて、袴をつけて床の間の刀をとった。右源太は、眼を閉じていた。
「刀はあずかるであろうな」
「はい」
「では――」
 大作が、大刀を、右手で、差出した。
「はっ」
 右源太は、両手で受けた。三尺余りの、長くて、重い刀であった。
「拙者一人に、大勢がかりで、ちと、見とむないの。そうは思わぬか」
 と、いいつつ、四辺を見廻して
「何も無し」
 と、独言をいった。そして
「御苦労――はははは、少し、蒼くなって、顫えているの」
「はっ」
「役人などに、恨みは無い。恨みの無い者は斬らん。妨げるなら、格別、志を達した上はのう――その方一人の手でも、召捕らえられてよい――何うじゃ」
 と、大作は、微笑して
「縄をかけるか」
「いいえ」
「その胆もあるまい」
 大作は、そういって、ずかずかと、玄関の方へ出て行った。
(しまった。縄をかけたらよかったに――いや、この調子なら、頼めば、首でもくれたのに――えらい物を逃がした)
 右源太は、頭の中一杯に、残念さを感じながら、刀をもって、小走りに、玄関へ走って出た。
「道を開けい」
 大作が、叫んだ。役人が、道を開けた。
「脇差をとれ」
 与力の一人が叫ぶと
「武士の作法を御存じか、それとも、縄にかけるか?」
 大作は、佇《たたず》んで、じっと睨みつけた。右源太が
「刀は、あずかっております」
 と、両手で、捧げてみせた。与力の一人が
「神妙の至り、一同、十分に警固して、このまま送れ」
 と、叫んだ。右源太は
「重い刀だ、何うだ、誰の作か、判るか」
 と、笑いながら、朋輩に話かけたが、朋輩達は、黙って、人々の波と一緒に、歩き出した。
(ざまあみろ。俺の手柄を見ろ。運のいい人間って、こんなものだ)
 見知らぬ役人が
「よい度胸で御座るな。今日の手柄は、御身が第一。褒美が、たんと、出るで御座ろう。お羨ましい」
 と、いった。一人の役人が
「その刀を一寸」
 と、いって、そっと、鯉口を抜いてみた。朋輩の外の役人は、右源太の周囲へ集っていた。与力の一人が
「見事な刀だの、貸してみい」
 と、声をかけて近づいた。右源太は
(もう、大丈夫だ。贋首を討ってよかった。本物が捕えられて、俺が、これだけ手柄をした以上、贋首と判っても、心配は無い。しかし、大作め白洲で、喋りはすまいか――いや、あれほどの豪傑
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