っている人々は、煙草と、出がらしの茶とを楽しみながら、大声で、談笑していて、一人の侍についても、誰も、注意していなかった。
 往来を行きすぎかけた四人の人が、人々のどよめき、笑い声に振向くと、その中の一人が、走って入ってきて
「吉」
 と、叫んだ。
「おいの」
 二人が、何か囁いていた。女狩は、刀をもって、そうと、土間へ降りた。
(大作にちがいない)
 女狩が、出ようとすると
「これ、お武家、何処へ、行きなさる」
 女狩が、振向いて
「ちと、外へ」
 その男は、首を振って
「いいや」
「何故」
 大作は、向う側の軒下に立っていたが、誰かが、声をかけたらしく、その方を見て、すぐ、行きすぎてしまった。女狩が外へ出ようとした。
「これ、駄目だ――おーい、吉」
 男は、女狩の肩へ手を当てて
「強《た》って行かしゃるなら、承知しねえ。赤湯から、大作様の跡をつけてきてるというのは、お前様かの、それが、本当なら、ただではおかんぞ」
 上り口の人々が、一斉に
「そうだとも」
 と、叫んだ。女狩は、少し蒼くなって
「違う。それは、違う。人違いじゃ。わしは、何も――」
「じゃ、早く、離れて行って、休まっしゃれ。おい、お春や、案内して上げな」
 女狩は
(うかうかしていると、危いぞ)
 と、思って、人々の間を、足早に、奥の方へ入って行った。

    十三

 女狩右源太は、ぼこぼこ土埃《つちぼこり》の立つ街道を、俯きながらゆるゆると歩いていた。足は、南部の方へ向いていたが心はそれと、一緒ではなかった。
(一体、俺は、何うしたならいいんだろう。このまま、何処まで、歩きつづけるのか? 歩いたならいいのか? 相馬大作は、この近くにいる。そして、俺と前後して、矢張り、この街道を歩いているかも知れぬ。俺が、馬で追っかけたなら、半日で追っつけるかもしれぬし、俺が、ここで待っていたなら、半日の内に、目の前へ通りかかるかもしれぬ――しかし――だ)
 右源太は、そう思うと、昨日の宿での、大作の人気に、肌を寒くした。
(大作を召捕りに、江戸から出向いたものだと、一人に話したら、何うだろう。あの百姓共の殺気の立ち方は?――俺は、袋叩《ふくろだた》きに逢って、簀巻《すま》きにされるかと思った。それに、又、あの大胆な大作の振舞は――津軽公を殺して、姿を変えてのこのこと、村の真中へ出てくるとは――いくら、村人が同
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