、凄いことをやるじゃあねえか、この狭い渡し場で、多勢の中を、一体天狗業だの」
 一人が、堤の草の中へしゃがんで、こういった。
「全く」
 一人は、女狩を、見上げて
「お武家衆、だから、相馬大作って方は、えらいというのですよ。第一、どう潜ったのか――あいつら夜になっても、ああして張るつもりだろうが、お前、川の中に、抜穴かなんか、あるのだぜ。そうで無けりゃ、第一、呼吸《いき》ができんもんな」
「大作って人は、三日位、呼吸をせんでもいいように――」
「※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》つけ。飯じゃあるめえし――」
「いいや、羽黒の山伏について、修行したんだとよ。その辺の川底に、まだ、潜ってるかも知れんよ」
 女狩は、人々の話を聞きながら
(噂通りに、大変な奴だ)
 と、思った。
(この川へ、何う忍んだのか? 忍ぶのは、夜の内からでも、忍べるが、刺し殺しておいて、何うもぐったのか――判らん。大砲で、討取れなかったから、こんな、突飛な真似をしたのであろうが、成る程な、一人で、乗込んでくるだけある。わしの手におえる奴ではない。十人かかっても敵うまい――といって一体わしは――江戸へ、このまま戻りも出来んし――一体、何うしたらな)
 川面を眺めて、じっと、立っていた。
「渡しを出さんかよう」
 二三人が、叫んだ。
「この大騒ぎに、お前、出すもんか」
 女狩は
(せめて、大作の評判、足跡だけでも聞いて江戸へ戻ったなら――いいや、討取るといって出てきたのに――第一、何か、一手柄立てて戻らんと、女がもらえぬ。あいつは、別嬪《べっぴん》だから――)
 女狩は、失望を感じたが、それと同時に、辛抱をする決心をした。
(この辺に、大作は、潜んでいるにちがい無い。何か、うまい計略でも考えて――)
 女狩は、川岸の乱杭の中に、流れついた竹が、ぴくぴく動きながら、立っているのを、じっと凝視《みつ》めて
(兄も、運の悪い、えらい奴に、討たれたものだ。対手が、強いだけならとにかく、評判までいいのだから――)
 じっと、俯きながら、竹の、川水に動くのを、凝視していた。

    十一

 夜になった。女狩右源太が堤に立って、眺めていた竹筒が、左右へ動くと、人の顔が水の中から出てきた。耳と、眼だけを出して音を、影をうかがってから、首を、胸を出した。そして、身体を顫《ふる》わしながら、堤
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