うせ、役に立たんから、討入を見届けて、国許へ知らせに参りました、と、こういってもいいし、もし、皆が切腹か、打首にでも成ったなら、しめたものだ。誰が、何をいおうと、俺の口先一つで何んとでもなる。ちゃんと、名の入っている書付が、お上の手にあるんだからな――助命か、切腹か。それを見届けてから国へ走るか? 先に走るか?)
 寺坂は、自分を、同志の中へ加えたくなってきた。
(四十六人、皆無事だ。そうと知ったなら、討入っておくのだった。いいや、討入っていたなら、一緒に、切腹かもしれん――誰も、あの時、俺の逃げるのを見てはいなかったんだ。口実は、何んとでもつく――よし、俺は、仲間へ入ってやろう。入れることにしてやろう。そうでもしなけりゃ、埋合せがつかん。人を、虫けらみたいにしやがって、その虫けらが、一番いい籤《くじ》を引きそうだ)
 吉右衛門は、明るい心になって、微笑していた。

    七

「まあ、吉右衛門――何うしたえ、上るがよい、さ」
 と、玄関へ、出てきた、大石の妻が、嬉しそうにいった。
「未だ、お知らせは?」
「何の?」
「首尾よく、吉良を、お討取りになりまして御座ります、これが、その――」
「ええ? 吉良上野を――」
 吉右衛門は、瓦版を、三通取出して
「所々、字がまちがっておりますが、太夫様、以下四十七人、一人残らず無事で――」
 妻は、薄く涙をためて、蒼白《あおざ》めた顔になっていた。吉右衛門は
(俺の逃げたことがばれても、一番先に、こうして知らせておけば、罪亡ぼしになる)
 と、思った。
「お前も、この中へ入っていなさるのう」
「いいえ、手前は、ほんのお供で――」
「詳しい話を聞きましょう、さ、上って――これ、すすぎを早う」
「いいえ、これから、華岳寺へ参りまして、また江戸へ」
「江戸へ?」
「何う処置がきまりますか、皆様の御先途を見届けたいと、存じまして」
「それにしても、一寸上って、そして、主税は、働きましたかえ」
「ええ」
 吉右衛門は、頷いて
「何んしろ、皆様御無事で、こんな目出度いことは御座りませぬ。江戸は、もうこの噂で持切りで、日本一の忠義の士だと、奥様、追々、ここへも知れて参りましょう。随分、御苦労を為さいましたが――」
 吉右衛門は、そういいながら
(この人も、下郎も、丁度同じだ。どっちも、人間扱いにされずに――そして、されなかったから、一番い
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