路なので、砲兵隊が大砲を率いて、よく通ったが、私の家の上げ店が、その車輪にかかって、破られたのを、覚えている。
 この生れた家は、私の記憶にして、誤り無くんば、三間あった。店と、次と、奥と――そして、道具として、長火鉢が一つあった。私が立てるか、立てぬかの時分、この長火鉢の抽出しを開けると、油虫が、うじゃうじゃと走り廻っていたのだ。
(何んだろう)
 と、別に、恐くもなく、不思議がったのが、今でも、はっきりと残っている。店の品物なんぞは、有ったか、無かったか、少しも憶えていないが、汚くて、暗い家であった印象は、本当であろう。
 この家に出入していた人で「鹿やん」というのが、その後も、よく母を慰めにきて、私の為に土産物などをくれたらしい。母が、私の幼時の唯一の話として、いつでも聞かせたのに――この鹿やんが、住吉神社へ詣って、土で彩色を施した馬を買ってきてくれた。私は、幼少時代、玩具という物を持った覚えがないが、母も、この馬は嬉しかったらしい。それを私は、持ち上げると共に
「四王天、馬とって抛った」
 と、叫んで、土間へ投出したのだそうである。土の馬故、粉々で、鹿やんは
「ああ」
 と、云
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