いて、細田のあとから、よろよろと行きたくはないし、談話筆記は落第するし、記者も駄目だし――それに、父の年齢の事が気にかかるし、弟が中学へ入っているし(友人と同じように、文筆関係で生活しようと考えている事は大まちがいだ。そんな事で、こんな事をして、愚図愚図していると、大変な事になるぞ)
私は、金を儲ける事を考えかけたが、何れも資本のいる事であった。その内に、女房が
「もう勤められない」
と、云って、初めて、悲しい顔を見せた。
「何うして」
「明日から十月でしょう」
「うん」
「この着物で――歩けないわ」
冬物が、値がいいので、ことごとく入質して、夏物のみである。この夏物と、冬物は交換できないし、金は無いし、女房は、袷を世間の人が来て[#「来て」はママ]いるのに、単衣で働いていたのである。
「よし、止めろ」
と、私は言下に答えた。社の内情も、少し知っていたし、これ以上、女房に出来ない事をさしてはおけなかった。明日から何うするか、何の見当もつかなかったが、女房が、うつむいて
「勘弁して下さい」
と、いうと同時に
「止めた方がいい、何うにかなる、心配するな」
と、云って、何かしらやろうという力の、湧いてくるのを感じた。
[#地付き](以下中断)
底本:「直木三十五作品集」文芸春秋
1989(平成元)年2月15日第1刷発行
初出:「話」
1933(昭和8)年9月号〜1934(昭和9)年3月号
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:鈴木厚司
2007年3月13日作成
2009年9月17日修正
青空文庫作成ファイル:
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