その金で、いろいろの物を買おうと、空想していたが、山を下り、山へ上るだけと、リボンとで、丁度月給が一杯であった。
私は、女に無駄金を使って、友人に
「君は、馬鹿だ」
と、今でも叱られるが、この時分から、そうであったらしい。ある日なんぞは、蜜柑を三貫目袋に入れて、背負って、山から汽車へ駈けつけ、へとへとになった事があった。花房の車と走ったり――何うも、少し、おかしな所がある。
その内に、そのおかしな私にも、ははあんと、思うことが出来た。女教員が独身者で――村の娘で、頬は少し赤すぎたが、一寸いい女なので、独身者の校長と、私の同僚とが、ライバルになったのである。
両者の睨み合いが、表面化してくると共に、そのとばっちりが私の方へ、時々くるようになった。
(何故だろう)
と、童貞であるし、十四の女を可愛がっている位だから、初めは判らなかったが、同僚が
「房江さん、君何うおもう」
と、聞いたので、すっかり、見抜いてしまった。今から考えると、娘の父親は、転々として行先の変る校長より、同僚を婿にでもして、娘を離したくなかったものらしい、娘さんは中立で、困っていたらしかった。事件の解決を見ないで、私は辞して、東京へ出たが、山の中の平和な――もし、私が、文筆で暮らせなくなったら、ああいう所へ行けば、まだまだ日本も、のんびりしていると思うている。
(然し、二十年の間に何う変ったか?)
急な山の中腹に立っているので、学校の真上に寺がある。とにかく、汽車を見た事がない生徒が多いし、飛行機の話をしたら
「先生※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]つきよる」
と、てんで、本当にしないのだから
「先生、地獄てあると、坊さん云うてましたで」
と、何のはずみか、生徒が云ったので
「そんなものはない」
と、答えたら、真上の坊さんが怒って
「今度来た奴は生意気だ、代えてしまえ」
と、校長の所へ云って来た事があった。これだけが、私の起した事件で、相当真面目に勤めていた。そして、早大へ入る為、大阪へ帰ってきたが、ここに又、一つ、恋愛事件が起った。これが、私の最初のそれかも知れない。
二十一
女が死んだか、生きているか――生きているとすれば正当に考えると、人妻であろうから、姓を秘して、徳子という名だけにしておく。世の中には、朝出て行く時、鏡台の前のポマードの分量を
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