盗賊であった。命知らずの強盗として裏面《りめん》に暗い生活を送っておった。彼は蝋燭を短く切って、小さな角灯《カンテラ》の中に入れて歩いた故に燭台の必要がなかった。嗅煙草は、最も強暴な仏蘭西《フランス》の犯罪者が胡椒を使用した様にこれを使用した。というのは、これを引つかんで捕吏《ほり》もしくは追跡者の面《つら》にいきおいよくパッと投げつけるためにじゃ。最後に、ダイヤモンドと鋼鉄の歯車であるが、これは不思議にも一体をなすものと見える。これで何もかもあなた達はがてんするであろうが、ダイヤモンドと小さな鋼鉄の歯車は盗賊には限らない。どんな人でも硝子を切る時にこれがなくては出来ないという二つの道具であるのじゃ」
松の樹の折枝が嵐にもまれて、二人の背後[#「後」は底本では「御」]の窓框《まどかまち》をバサバサバサとたたいた。強盗の向うを張ったわけでもあるまいに、しかし二人は振向もせず熱心に師父ブラウンの顔を見つめていた。
「ダイヤモンドと小さな歯車、フン」
とクレーヴン探偵が思案に耽《ふけ》るような面持でしきりに繰返した。「しかしそれだけで本当に真の説明になるでしょうか」
「いやわしもそれが真の説明だとは思わんのじゃ」
坊さんはけろりとした顔で「じゃがあなたがたはこの四者の関係を見破る者は誰もないとばかり云われる。もちろん、本当の筋はもっと平凡に相違ない。そうかな、グレンジールは屋敷内で宝石を発見した。もしくは発見したと考えた。というはこうじゃ。何者かがこれ等のバラの宝石を主人に出した。これは城内の洞窟内で発見したものだというて、主人を欺《だま》そうとした。小さな歯車はダイヤモンドを彫る道具である。主人はこの山中にすむ羊飼やら野人やらの助けを借りて手任せに掘り出そうとした。嗅煙草は蘇格蘭《スコットランド》の羊飼どもにはとても贅沢品じゃ。なあ、これを鼻先へついと突つければ誰だって何ぼうでも彼等を買収する事は出来る、最後に燭台のない理由は、燭台なんかはいらないからじゃ、洞窟内なんぞを照すには裸蝋燭で結構用が足りるもんじゃが」
「はあ、それだけですか」ややしばらくしてフランボーがこう訊ねた。「やれやれこれでとうとう不景気な真理に到達した訳ですかね」
「いや、そうではない」とブラウンが答えた。
風が松林の遥かなる涯《はて》の方へ、セセラ笑うが如くホーホーホーと長く後を引かせながら消え去った時師父ブラウンがポカンとした顔で言葉を続けた。
「なに、わしはあなたがたが、誰だって嗅煙草と歯車もしくは蝋燭と宝石との関係をもっともらしく説明することはようせんと余り云わるるのでちょっともっともらしい事を云ってみたまでの事じゃ。十把一搦げの似非哲学が宇宙には似つかわしいように、グレンジル城には、十把一搦げの似非推量が似つかわしいといったような訳でな。しかし実はこの城にも実際の説明が無ければならん。時に蒐集品はもう外《ほか》には無いでしょうか」
ク[#「ク」は底本では「グ」]レーヴンは吹き出した。フランボーもニヤリと笑いながら立上って、長い卓子《テーブル》の端の方へのそのそと歩いて行った。
「第五項、第六項、第七項と控えてはいるが、掘出すとかえって蜂の巣をつついた様になります」とフランボーが答えた。「第一に鉛筆|心《しん》が山のようにあります。これは心だけで鞘がない。それからブッキラ棒な竹の杖が一本、これは頭の金具が剥取ってあります。兇行用の道具としては役立ち得る代物だが別段犯罪らしいものもない。外《ほか》にはまあ古ぼけた弥撤《みさ》の祈祷書が二、三冊と小さな旧教の画《え》が何枚かあります。察するにこれ等はこのオージルビー家に中世時代から伝わっているものと私は思う。が、妙にところどころ切り抜いてあったり、顔なぞもえらい事になっているので、これは博物館へでも廻したい代物です」
外では猛烈な嵐が城をかすめて物凄い千切雲《ちぎれぐも》を吹飛ばした。そしてこの細長い空の中に闇を投げ込んだ。その時師父ブラウンは、その小さな本を手にとって燦爛《さんらん》と光るその頁《ページ》をしらべ始めた。やがて彼は口を開いた。闇の影はまだ立迷っている。しかし彼の声はまるで生れ変って来た様な声であった。
「クレーヴンさん」と云った声は十歳も若く聞えた。「あなたはあの山上の墓を発掘すべき正式の、令状をたしかに御持ちでしょうね。善は急げだ。急げばそれだけこの恐るべき事件の底も早くたたいて見られると云うものです。もしわしがあなたであったらすぐさま出立《しゅったつ》致しますがね」
「これからすぐ、えエどうしてすぐでなければいけないんです」探偵は驚いて訊ねた。
「さあなぜというと、これはなかなか重大問題ですからじゃ、嗅煙草の散らばっている事や宝石の抜き取ってある事に対しては百の理由も想像も
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