に口をアングリさせたままであったが風は遠慮無くピンピンと空をつんざくように叫んだ。やがて彼は自分の手に持つ手斧を、自分のものではないようにながめてはたと落した。
「師父、師父」とフランボーが取っておきの嬰児《あかんぼ》じみたしかし重苦しげな声を叫び出した。「この際吾々はどうすればよいのでしょうか」
するとこれに応じてブラウンは小銃弾が出て行く時のシューッというような怪速度を以て、「眠る事じゃ」と叫んだ。「眠る事じゃ、わし等は路のどんづまりまで来た。眠るとはどう云う事かな。あなたは知っているかな、眠る所の凡ての人は神を信じる人であるということを、故に眠りは聖礼である。なぜならば眠りは信仰の行いであるからじゃ、吾等の糧である。でわし等は今何かしら聖礼を要する。それも自然の聖礼だが、何やら人間の上に滅多には降りて来んものがわし等の上に下《くだ》って来る。おそらくそれは人間の上に下る事の出来る最悪のものでもあろう?」するとクレーヴン探偵の唇が「一体それはどういう意味なんですか」と訊くために上下から寄り添った。
坊さんは城の方に顔を廻しながら答えた。
「わし等は真理を発見はしたのじゃ。がその真理は意味を吾々に語らんのじゃ」
こういって彼は彼としてはごく珍らしい、馬が無鉄砲に飛跳ねるような足取りをしながら、二人の前に立って山を降《くだ》った。そして城へ到着するかしないかに彼は犬のように無雑作に身体《からだ》を眠りにまかせた。
三
妙に勿体をつけて睡眠を讃美したのに拘らず師父ブラウンは唖者のような作男ゴーをのぞいた外《ほか》誰よりも一番早く起出《おきい》でた。そして大きなパイプを吸いながら、その黒人が菜園で無言に働いているのをジッと見守っている彼の姿が見られた。夜の明け放れる頃には夜来の嵐は篠《しの》つくような驟雨《しゅうう》を名残として鳴りをひそめ、ケロリとしたようにすがすがしい朝が一ぱいに訪れていた。作男は坊さんと何か話をしていたような素振りさえ見えたが、官私二人の探偵姿を見ると、俄にプリプリしたように鋤を畝《せ》の中に突込んだ。そして朝飯の事について何やらほざきながら、キャベツ菜の作列《さく》に添って台所の方へ姿を掻き消してしまった。
「あの男は見上げた男ですぞ」ブラウンが口をきいた。「あの男は馬鈴薯をたまげるほど掘るのでな。ただし」と彼は妙に落
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