で百二十両。今の値として三千円位のものらしいが今十年で三千円というのは大した妓《おんな》でない。尤《もっと》も娼妓なら中々いい代物であるから、松葉屋瀬川も娼妓並としておいていいか。それとも君太夫が五十両も刎《はね》たか。散茶の相場としてこんな物であったかも知れない。
 松葉屋で代々瀬川という名になっている。そして丁度この前の瀬川が受出されて名のみ残っている折である。主人と女房とで、礼式、遊芸のたしなみを聞くと、
「一通りは」
 と云う。君太夫が散々《さんざん》「武家出」と云っていたが、怪しいと思って、茶の手前をみると、通仙の娘である。貞柳の友人の子だから上手である。
 「三味は」
 と、弾かすと、義太夫の食客《いそうろう》、トテシャンと弾く。
「琴は」
「矢張り、トテシャンと弾きます」
「うむ、洒落まで出来る」
 とすっかり気に入って、八畳と六畳の二間を与え、新造一人に禿《かむろ》をつけて、定紋付きの調度一揃え、
「初店瀬川」
 と改良半紙二枚を飯粒でつないで、悪筆を振ったのを、欄間へ張る。――とにかく店を張る事になったが、瀬川の心の中では、
「池の水に夜な夜な月は映れども」
 である。諸国諸人の集まり場所、もしや夫の敵の手がかりでもあろうかと、母に与えられた短刀を箪笥《たんす》に秘めている内に、
「割符《わりふ》か、よし押してやろ」
 と、ぺたりと御念入りにも盗んだ、人の印形まで、大べらぼうの盗人は押してしまったのである。

      六

 この盗賊、誰あろう。奈良で鹿を殺して通仙の門口へおいた若党源八であるから、この名高い松葉屋瀬川の仇討も※[#「※」は「ごんべん」に「虚」、第4水準2−88−74、385−3]であるとしか思えなくなる。事実は小説より奇なりとあるから、本当にしておいてもいいが、第一章の如く、官文書にまで※[#「※」は「ごんべん」に「虚」、第4水準2−88−74、385−4]をかいた時世である。手紙の真《まこと》しやかな偽造位訳は無い。
 取調べると、源八の旧悪|悉《ことごと》く露見したから、
「年来の大科人《おおとがにん》の知れたのも、瀬川の手柄である。傾城奉公《けいせいぼうこう》を免じてつかわす」
 と沙汰が下るし、まだまだ都合のいい事には、
「源八所持の金子は、内藤家より当時届出がないによって、公儀へ召上げた上改めて瀬川に与える」
 と、
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