早大の佐野学が某所に匿《ひっこ》んでいるんだなどと噂やら事実やらとにかく東京で有力な人の袖に縋《すが》れば、安全な事今も昔も大した変りはない。荒木は又五郎の動静を主として甚左衛門の一止一動によって知ろうとした。甚左衛門も寛永の武士気質をもっている立派な男である。又五郎へ義理立てて浪人してからは又五郎の居る所に必ず附いて行く事にしている。又右衛門は甚左衛門と同家中だから敵の顔を知らぬ上に於て、甚左の意地張《いじば》って又五郎の前に立っているのを利用するにかぎる。甚左衛門はそうと知っているがそれを避けて匿れる程の策も持たない。意地一本、真正直に又右衛門に逢えぱ討取るつもりでいる。

     三

 又右衛門は甚左衛門が奈良へ帰った事を知った。探偵してみるとどうやら又五郎も一緒らしい。機会としては絶好の時である。然し当時奈良の町奉行は中坊飛騨守秀政《ちゅうぼうひだのかみひでまさ》といって旗本の関係者であった。もし濫《みだ》りに斬込んで、奉行の手で邪魔が入ったり、討ったとしても後で不利益だったりしてもつまらぬし、町家では町人百姓が騒立ててどんな事が起らぬにも限らぬからそのまま様子を見ている事
前へ 次へ
全26ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング