又右衛門もハッとしたが市蔵も思わず驚くと急に怖しくなって逃出した。
「孫右衛門、止《とど》めを刺すな」
 と云っておいて又右衛門は鍵屋の前へ走《かけ》つけた。

     五

 数馬と又五郎は刀を杖にしてただ立っているだけである。咽喉《のど》はもうからからになって呼吸《いき》もつづかない。指は硬直してしまって延びも曲りもしない。掌は痛むし刀は重いし、眼は霞むようだしぼんやりしてしまって相手が刀を上げるとこっちも上げるし、休めば休むという風に反射作用で動いているだけである。
「数馬ッ、何故討てぬ。累年の仇敵《かたき》ではないか。愚者《おろかもの》ッ」
 数馬が刀を取上げると又五郎も取上げたが、もう人の身体《からだ》かも判らない。斬込んだ刀の重み祐定の切味で、左腕を斬落した。又五郎も形だけは受けてみるが手もなく倒れてしまった。
「それ止《とど》め」
 くずれるように止めを刺した数馬を、
「気を確かに、しっかりせぬとこのまま死んでしまうぞ」
 と労《いた》わりつつ鍵屋の軒下へ入れた。町奉行が駈付ける。又右衛門が事情を話す。負傷者の手当をする。それぞれ役人警護の下に引取る所へ引取って上役の指
前へ 次へ
全26ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング