ら。それからくれぐれも云っておくが、もし半兵衛が先に来たら武右衛門、決して槍をとらすな。半兵衛を斬るか槍持を斬るかとにかく槍を執らさぬ手段をするがいい。斬込む合図は私が後の奴を斬ると同時だ。三人一度に目指す者にかかれ」
こういう指図であったらしい。十一月七日の早朝だから寒空である。又五郎の一行を待つ為めに四人は万屋へ入った。街道筋の商人《あきゅうど》はこの寒さにも五時から店を開けている。
「亭主寒いナ」
と云って入った。この四人、そろって上方者だから写実で行くと、
「おっさん、えらい寒いこっちゃナア」
と云ったかも知れぬが、とにかくこの茶店へこういう事を云ったと伝えられている。
「親父、じろじろと見るナ。怪しくみえるかの。武士《さむらい》と云うものは敷居を跨ぐと敵のあるものでのう。鎖帷子、ほうら鎖頭巾、どうじゃ、こうちゃんとした扮《なり》をするといい男だろうがの、今に喧嘩でもしてみろ、三人や五人ならおくれはとらぬぞ。時に亭主もっと燗を熱くしてくれ」
又右衛門は濁酒《どぶろく》の燗を熱く熱くと幾度も云ったそうである。茶屋の親仁《おやじ》だから燗の事だけは確かに明瞭《はっきり》と覚
前へ
次へ
全26ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング