録物だ――だと、これがもう一つひどくなって頭を二度槍で撲られている。とにかく柳生十兵衛取立の門人一万二千人――但し講釈師の調査――の中から、只一人の極意皆伝という又右衛門が小者輩《こものはい》に腰だの頭だのを撲られては恩師十兵衛に対して甚《はなは》だ申訳の無いことであるし、第一三十人も御負けをつけて贔屓《ひいき》にしてくれた講釈師に対しても全く済まぬ訳であるが、どうも事実だから曲げる事もできない。尤《もっと》も芥川竜之介に云わせると、
「そりゃ君、又右衛門が棒だと知っていたから撲らしておいたのだよ」
と説明するがこれは、氏の機智意外に面白い解釈である。棒位なら時として撲らしておいてもいいというのは武術の心得の一つである。
宮本武蔵の二刀流を伝えた細川家の士《さむらい》に都甲太兵衛《とごうたへえ》と云う人がある。一日《あるひ》街を行くと人が集って騒いでいる。聞くと、
「角力取《すもうとり》らしい男が人を斬って、あの空屋へ逃込んでいるが捕える手段《てだて》が無くて困っている」
と云うのである。
「何か壁を壊す物があるまいか」
と聞くと、杵《きね》をもって来た。太兵衛はそれで壁へ穴を
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