事をしながら鉾子尖《きっさき》をカチリと半兵衛の太刀先へ当てながらじりじりと追込んでくる。槍をもたしたならどうなったか知れぬが武右衛門の命がけの働で槍をとる隙がないから半兵衛は歩の悪い太刀打である。喋りながらも寸毫《すこし》の隙なく詰寄せてくる太刀に気は苛立ちながら、押され押されして次第に追込まれる。軒下に焚物の枯松葉が積んであったが其処まで押つけられてしまった。散らかしてある松の小枝に半兵衛の踵がかかる、その「間」、
「エイッ」
 心得て一足退る。足をとられて松葉の上へ倒れかかるその一髪の隙、来金道が肩先へ斬込んできた。どっと倒れる所、孫右衛門得たりと斬つけて耳の上と眼の上へ傷《て》を負《おわ》せた。ハラハラとして、その様をみていた市蔵、来金道が打込むとき吾を忘れて走出した。振かぶった木刀、どしりと又右衛門の腰へ入った。綿入二枚に帯までしめていては痛い事も無い。二度目の木刀を又右衛門振かえりざま、
「危いぞッ」
 と、払ったが、市蔵は死物狂い、三度目は憎い刀めと伊賀守金道を撲った。又右衛門も後に『不覚であった』と物語っているが、流石に厚重ねの強刀が、鍔元から五寸の所で折れてしまった。又右衛門もハッとしたが市蔵も思わず驚くと急に怖しくなって逃出した。
「孫右衛門、止《とど》めを刺すな」
 と云っておいて又右衛門は鍵屋の前へ走《かけ》つけた。

     五

 数馬と又五郎は刀を杖にしてただ立っているだけである。咽喉《のど》はもうからからになって呼吸《いき》もつづかない。指は硬直してしまって延びも曲りもしない。掌は痛むし刀は重いし、眼は霞むようだしぼんやりしてしまって相手が刀を上げるとこっちも上げるし、休めば休むという風に反射作用で動いているだけである。
「数馬ッ、何故討てぬ。累年の仇敵《かたき》ではないか。愚者《おろかもの》ッ」
 数馬が刀を取上げると又五郎も取上げたが、もう人の身体《からだ》かも判らない。斬込んだ刀の重み祐定の切味で、左腕を斬落した。又五郎も形だけは受けてみるが手もなく倒れてしまった。
「それ止《とど》め」
 くずれるように止めを刺した数馬を、
「気を確かに、しっかりせぬとこのまま死んでしまうぞ」
 と労《いた》わりつつ鍵屋の軒下へ入れた。町奉行が駈付ける。又右衛門が事情を話す。負傷者の手当をする。それぞれ役人警護の下に引取る所へ引取って上役の指
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