のだろう?
「喰ってしまったのか?」夢魔がアンガスの耳に囁いた。しかししばし、寸断された人間の死体がこれ等すべての首無のぜんまい人形に吸込まれ、砕かれて行く光景を想像して胸がむかついて来た。しかし彼は無理に努力して心の健康を回復した。そしてフランボーに向っていった。
「ねえ君、こうじゃないかな、スミスは雲のように蒸発して血痕だけを床の上に残して行ったんじゃないか。とてもこの世の話とは思われんねエ」
「ここにとるべき唯一の方法がある」とフランボーが云った。「事件がこの世の事であろうがあるまいが僕は外へ出て師父に報告しなくてはならんのだ」
三
彼等は降りて行った。例の手桶を持った下男の傍を通りすぎる時、彼は怪しい者は決して通らなかったことを再び誓言した。使丁と栗売の男も彼等が監視を怠らなかったことをキッパリと断言した。しかし、アンガスが第四番目の確証をと思って周囲を見廻したが、その証人はどこにも見えないので、少し心配げに呶鳴った。
「巡査はどこへ行ったんだ?」
「オウこれはわしがお詫びせねばならん」と師父ブラウンがいった。「これはわしが悪るかった。実はさっきわしがある用件で道路を調べさせにやったんじゃが――わし自身でも調べる価値があると思うんでな」
「じゃ――すぐに帰って来てもらわないと困るんですがなア。スミスは殺されたばかりじゃない、浚われてしまったんです」
「何ですと?」
「師父」とフランボーがちょっと間をおいて呼びかけた。「これはもう私の領分ではなくてあなたの畑だと信じます。友人にしてもまた敵にしても、家の中にはいった者がないというのに、スミスの姿は見えない、まるで天狗にさらわれたようにもしこれが超自然な事件なら、私とても……」
とフランボーが話した時、一同は突然異常な光景に押えつけられたようになった。肥大な、青い制服をつけた巡査が街角をまわって疾走して来る! 彼はブラウンの面前へ一直線にやって来た。
「全くあなたのおっしゃる通りで」と彼は呼吸をはずませて云った。「町の者共が今ちょうどスミスさんの死骸をあの下の水道の中で発見したところでしてなア」
アンガスは夢中で手を頭に持って行った。「[#「。「」は底本では「。」]スミス君は自分で家を抜出して身投げしたんでしょうか?」
「いや降りて来たはずはありません。それは私が保証しますが」と巡査がいった。「といって、投身《みなげ》したんでもありませんよ。心臓を深く刺されて殺されているんですから」
「しかし君は誰も訪ねて来た者を見なかったと言ったじゃないか?」フランボーが重々しい声でいった。
「坂道を少し歩いてみるかな」と坊さんが言った。
一同が街路の終りまで来た時に師父ブラウンは突然にこういった。「ホウこれはわしがウッカリしておった。巡査に少しきくことがあったに、皆んなは薄褐色の袋を見つけたかしら」
「どうして薄褐色の袋をですか?」とアンガスが訊いた。
「なぜって、それが外の色の袋ならば、問題は新奇蒔直しじゃ。もし薄褐色の袋なら、さようと問題は解決されたのじゃ」
「へエそれは結構な事ですな」とアンガスは腹の底から皮肉に出て、「僕の知ってる限りでは、事件はこれから始まるところだと思いますが」
「師父、どうか我々に皆話して下さい」フランボーは小供のように、妙に真面目になって言った。
一同は知らず知らず、長い坂路を足早に下って行った。ブラウンは先頭に立って、無言ではあるが、テキパキ歩いた。遂に彼はしまりのないような調子で次のように始めた。
「まアしかし、君達はわしの話を退屈に思いはしないかな。吾々は物事を抽象的の結末から始まるもので、この問題等も、外の所からではどうしてもらちが明かんのじゃ」
「あなたがたはこういう事に気がついた事がありますかな、人というものは決して吾々のきく通りのことを答えんということをな。他人は吾々の問う言葉の意味に対して答えるものでな。まあある婦人が田舎の別荘に他の婦人を訪ねて『こちらにはどなたが御滞在ですか』と訊くとするとその時一方の婦人は『はい給仕男と下男が三人小間使が一人……』などとは――たとえば小間使が客間に居ようとも、給仕男が椅子の背後に控えていようと。――決して答えはしますまい。しかし、医者が伝染病患者の診察に来て、『こちらにどなたがおいでですか?』と訊ねるなら、貴婦人は給仕や小間使やその外の者をも告げるようなものです。すべて言葉というものはそんな風に使われるもので、ほんとの返事を受ける時でさえ、問に対して、文字通りの返事を受けんものじゃ。今四人の正直な人が、建物の中へは一人もはいった者がないと答えたのもこの理窟でな、ほんとの意味で、一人もはいった者がなかった訳ではない。彼等の腹では、問題になるような疑わしい人物は一人もはいらな
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