た、「あなたは気は確かですか。それとも僕の方が?」
「あなたも気がふれては居らん。ただ観察がちと足らんな。まあ例えばだ、あなたはこうした人間には気がつくまいがな」
 ブラウンは三足ばかり前方へ進み出て、彼等の傍の樹の蔭を人知れず通りすぎていた普通の郵便配達夫の肩に手をかけた。
「まアお互に、郵便屋さん等は何んとはなしに目にははいらん方ではある」ブラウンは思入れ深げにいった、「だがしかし、郵便屋さんだとて外の人間と同じように感情を持っとるでな、小男の死体くらいは楽にはいるだけな袋など持っとるよ」
 郵便配達夫は、一同の方へ顔を向けるのが自然なのに、頭をひっこめて、生垣の方へヒョロヒョロとよろめいた。彼は美髯をたくわえた、長身の、全く平凡な風采の持主だが、しかし彼が肩越しに驚いた顔をこっちへ向けた時、三人は猛烈な藪睨の視線をじっと浴びせられた。
 フランボーは、サーベルや紫の敷物やペルシャ猫等色々の物が待っている彼の室に帰った。ジョン・タンボール・アンガスは店に彼を待ってるローラの許に立ちかえって、共にその無謀な青年はその女と共に極めて居心地のよいように何んとか工夫する。だがしかし師父ブラウンはキラキラと星に照されている雪におおわれた真白な丘を、殺人者と共に幾時間も歩き続けた、そして二人がお互に何を話したか。それは知る事は出来ない。



底本:「世界探偵小説全集 第九卷 ブラウン奇譚」平凡社
   1930(昭和5)年3月10日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「貴方→あなた 彼奴→あやつ 有難い→ありがたい 或い→あるい 居→い・お 何時→いつ 於て→おいて 凡そ→およそ か知ら→かしら かも知れ→かもしれ 位→くらい 斯う→こう 此→この 之→これ 凡て→すべて 其処→そこ 其→その・それ 其奴→そやつ 然・然し→しかし 度い→たい 丈け→だけ 唯→ただ 忽ち→たちまち 多分→たぶん 丁度→ちょうど 頂戴→ちょうだい 一寸→ちょっと 何処→どこ 兎も角→ともかく 飛んだ→とんだ 尚・猶→なお 成程→なるほど 筈→はず 殆ど→ほとんど 又・亦→また 迄→まで 間もなく→まもなく 見→み 若し→もし 以て・以って→もって 尤も→もっとも 程→ほど
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