間に、灰色の筋ばった足型が白雪の上に押されてある事が疑うべからざる事実となった。
「しまった!」アンガスが思わず叫んだ、「見えざる人!」
 彼は二の句を発することなしに体を転じて階段を駈上った、フランボーも後を追った。が、師父ブラウンはもはや事件の追求に興味を失ったもののように、雪の積った街上に立って、ジッとあたりを見渡した。
 フランボーは明らかに、巨大な肩で扉をたたき破りたい気分になっていた。がスコッチ人であるアンガスはより以上の理性をもって、たとえ直覚は薄かろうとも、扉の枠組をあちこちと模索して、やっと隠しボタンを探しあてた。扉がスーッと開いた。
 室内の有様は大体において前と変りがなかった。ただ前よりは暗くなっていた。しかしまだそこここに日没の最後の赤光がさし込んでいた。そして首無人形が二つ三つ、あれやこれやの目的で彼等の位置から動かされて薄暗い中にあちこちに立っていた。彼等の衣裳の緑や赤の色はもはやそれを見わけがつかないが、形が朦朧として来ただけ人間の姿に似通って来た。しかし彼等の真ただ中に、ちょうど例の赤インキで書かれた紙片の落ちていたその地点に、インキつぼの中からはね出した赤インキとしか見えない様な液体が流れていた。しかし、それは赤インキではなかった。
 フランス式の理性と凶暴との結合をもって、フランボーはただ一言「殺人」と叫びざま、奥の間へ突進して隅から隅まで、戸棚という戸棚を五分間にわたって探検した。そして、彼が一個の死体の発見を予期してかかったにしても、彼はそれを発見しなかった。生死はさておき、アインドル・スミスの姿はそこには見えなかった。二人は猛烈な探索の後、互に顔に汗を流し眼を丸くして外の部屋で出遭った。
「やア君」とフランボーは亢奮のあまり、フランス語でアンガスを呼びかけた。「こりゃ、殺害者が見えんばかりではない、彼は被害者の姿までも見えなくしおった!」
 アンガスは木偶の坊の立並んだ仄暗い室内を見まわした。戦慄が起った。等身大の人形の一つがそれはおそらく被害者が斃れる一瞬間前に吹出したものだろうが、例の血痕のすぐ前に立ちはだかっている。手の代用せる一方の手鉤が少しさし上げられている。たちまちアンガスはスミスが自分の発明した鉄製の人形のために惨殺されたというおそろしい思いを頭に描いた。
 しかし、それにしても、彼等は被害者を一体どう処理した
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