った。
「君さえかまわなければ話しの残りは途中で聞いても好いと思う、何んだか私には一刻もがまんしている事が出来ないような気がしてならないんだが」
「それはありがたい」と言いながらアンガスも立上って、「今のところではスミスの命にかかわるような事はなかろうと思うがね。何しろ、僕はその家のただ一つの入口に四人の人間を張番させておいたからね」
 彼等は通りに飛出した。小さい坊さんは、小犬の様におとなしく二人の後について来た。そしてさも愉快そうに、「何んて早く雪が積った事じゃろう」と独言をいった。
 もうすでに銀をふりまいたような坂町の街路を縫うて行った時、アンガスの話しは終った。その時すでに彼等は高いヒマイラヤ館のある半円形の通りまで来ていたので、アンガスは四人の見張の様子に目を注いだ。栗売男は金貨を貰う前にも後にも一生けん命に、戸口を見張っていたが訪問者のはいって行く姿は一人も見かけなかったと云った。巡査はなお一層強くそれを主張した。彼は、山高帽をかぶったり、襤褸を身につけたりしたあらゆる悪漢を手にかけた事がある、自分は怪しい人間が怪しい様子をしているだろうなどと予想するような青二才ではない、彼はどんな人間でもさがし出した。そして誰も来なかったと彼に言った。そしてこの三人が、ニヤニヤしながら玄関口に頑張っていた金ピカのいかめしい使丁の周囲に集った時、意見は決定的のものとなった。
「私はこの家に用事のある人なら公爵だろうと塵芥屋《ごみや》であろうと、一応たずねてみる権利を持っております」と金ピカの使丁がいった「この方が、お出かけになってから訪ねて来た人は誓って一人もございません」
 局外者のように皆のうしろに立って舗道の下をつつましやかに眺めていた師父ブラウンが謙遜げにこういい出した。「すると、雪が降り出してから、階段を上り降りした者があるか? 雪はわし等がまだフランボー君のところに居った時に降始めたんじゃからな」
「旦那、誰も来た者なぞありますものか」と使丁は、威厳をもっていった。
「それじゃこれは何であろうか?」坊さんは魚のように取とめのない眼付で地面を見つめた。
 外の者もまた、眼を地上に落した、そしてフランボーは激烈な叫声を発して、フランス式の身振りをしてみせた。なぜといって、金筋の使丁の警衛する玄関口の真ん中の石床の上に、その巨人のような使丁の横柄にかまえた両足の
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