歩く誰れでもは幻影の歩みがついて来るような気がするのを知ってます。前にあるいは後ろにバタバタという反響がついて来ます、それで、人はその孤独においてほんとに一人ポッチであるという事を信ずる事は不可能です。私はこの反響の影響にはなれておりました。[#「。」は底本では欠落]それでちょっと前まではそれもあまり気にはしませんでしたが、私は岩壁の上をはっていた表徴的なある形を見つけました。私は立ち止まりました。と同時に私の心臓もハタと止まったように思われたのです。私自身の歩みは止みました。が反響は進んで行きました。
「私は前の方へかけ出しました。そしてまた幽霊のような足取もかけ出したように思われました。私は再び立ち止った、そして歩みもまた止みました。が私はそれはやや時が経って止んだという事を誓います。私は質問を発しました。そして私の叫びは答えこられました、けれどもむろん声は私のではありませんでした。
「私はちょうど私の前方の岩の角をまわって来ました。そしてその薄気味の悪い追跡の間中に私は休止したりまたは話したりするのはいつも屈曲した道のその様な角においてである事に気づきました。私の小さな電灯で現される事の出来る私の前方のわずかな空間は空虚な室《へや》のようにいつも空虚でした。こんな状態で私は誰であるかわからぬ者と話しを交えました。そこで話しは太陽の最初の白い光りに行きあたるまでずっと続きました。そこでさえ私は彼がどんな風に太陽の光線の中へ消えおったかを見る事が出来ませんでした。しかし迷路の口は多くの出入口や割目や裂目で一っぱいでした。それで彼にとっては洞穴の地下の世界に再び立ちかえって消え去る事は困難ではなかったでしょう。私は岩の清浄というよりはもっと幾分熱帯的に見える緑の植物が生えてる、大理石の台地のような大きな山のさびしい踏段《ふみだん》に出て来た事だけがわかりました。私は汚れない青い海を眺めました。そして太陽は底知れぬさびしさと沈黙の上に輝いていました。そこには驚きのささやきを交わす草の葉もなくまた人の影もありませんでした。
「それはおそろしい対話でした、非常に親密なそしてまた非常に別個なまたある意味において大変に取りとめのないものでした。体のない、顔のない、名もないしかし私の名で私をよぶ、この物は、吾々がクラブにおいて二つの安楽椅子にかけていたよりももっと熱情も芝居気《しばいげ》も持たず吾々が生き埋めされていたそれ等の割目の中で私に話をしました。しかし彼はまた魚の標のある十字架を所有したなら、高い地上の者でも必ず殺すであろうという事を話しました。彼は私が弾丸《たま》をこめた銃を持ってる事を知っているので、その迷路の中で私をあやめるほど愚者《おろかもの》ではなかったと彼はあっさりと私に話しました。しかし彼は確実な成功を持って私の殺害を計画するであろうという事をおだやかに話しました、その方法はいかなる危険も防ぎ得る、支那の老練な職工や印度の刺しゅう家が生涯の美術的な仕事にする所の技巧的な完全さを持つ方法でやるというのです。けれども彼は東洋人ではありませんでした。彼はたしかに白人でした。私は彼は私の国の人間ではなかったかという事を疑います。
「それ以来私は時折暗示や符合やそして奇妙な非人間的なたよりを受取りました。そのたよりはその男は狂人であるか彼は一事遍狂者であるかという事を少なくとも私にたしかめさせました。この幻想的なはなれた方法で、彼はいつも私に、私の死と埋葬に対する準備は満足に進行しているという事、そしてまた私が手柄な成功を持って彼等の迫害をさける事の出来る唯一の方法は、私が洞穴で見つけた十字架を――私が手ばなす事であるという事を話していました。彼は物好きの蒐集家の持つ熱情以外には何んの熱情も持たぬようでした。その事が彼は西方の人間であって東洋人ではないとたしかに私に感じさせた事の一つでした。しかしこの特別な好奇心は全く彼を狂気《きちがい》にさせるようでした。
「それからまだ不たしかではあったのですが、サセックスの塋穴におけるミイラにされた死骸の上に見つけられた双《ふたつ》の霊宝について、報知が来ました。もし彼が前に狂人であったのなら、この知らせは彼を悪魔につかれた人間に代えました。彼等の一つが地の人間のものであるという事は非常にいやな事でありました。彼の狂気《きちがい》のたよりは厚くそして毒矢の雨のように迅速に来始めました。そしてそのたびに私のけがれた塋穴の十字架に向ってさしのべた瞬間に私の死が私を襲うであろうという事を、前よりも更に断然と叫んで来ました。
「『汝は決して吾《われ》を知らないであろう』と彼は書いて来ました。『汝は決して吾が名をよばないであろう。汝は決して余の顔を見ないであろう、汝は死すであろうが決して誰が汝を殺
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