せしかを知らないであろう。余は何等かの形にて汝のまわりにたぶん居るであろう。しかし余は汝が見るのを忘れている処のものにおいてただおるのである』と
「それ等の強迫状から私はこの旅行でも彼は私にかげのようについておるらしく思われます。そして霊宝を盗もうとしまたはそれを持ってるために私に何か災いをしようとしてます。しかし私は一度もその人間を見た事がありませんから、彼は私が出会う何人かであるかもしれませんよ。理論的に話して、彼は卓子《テーブル》において私に世話をする給仕人の誰かであるかもしれません。彼は卓子《テーブル》に私と一緒にかける船客の中の何誰《どなた》かであるかもしれません」
「彼はわしかもしれんな」と機嫌のいいさげすみを持って、師父は言った。
「彼は他の何人かであるかもしれません」とスメールはまじめに答えた。「あなたは私が敵でないとたしかに感ずる唯一の方です」
師父ブラウンは再び当惑して彼を見た。それから微笑して言った、「さてさて、全く奇妙じゃ、わしではないかな。わしが考えねばならん事は彼がほんとにここに居るかどうかを見出す何等かの機会じゃな――彼が彼自身を不愉快にする前にな」
「それを見出す一つの機会があると、私は思います」と教授は陰欝に答えた。「吾々がサザンプトンに到着した時に私はすぐに海岸に沿うて車を走らせます。もしあなたが一緒に来て下さるなら大変に喜ばしい事ですな。もちろん、吾々の仲間は解散になるでしょう。もし彼等の誰かがサセックス海岸にあるあの小さい墓地に再び現われるなら、吾々は彼がほんとに何人であるかを知るでしょう」
教授の筋書きは師父ブラウンを加えて、まさに始められた。彼等は一方には海を控え他の一方にはハンプシェアとサセックスの丘々をのぞみ見る道に沿うて走った。何等追跡者の影も見えなかった。彼等がダルハムの村に近づいた時その事件に何等かの関係を持っていたただ一人の男が彼等の道を横ぎった。すなわちそれはちょうど今教会を訪問しそして新しく開掘した礼拝堂を過ぎて牧師に依って叮嚀にもてなされて来たばかりの新聞記者であった。しかし彼の観察は普通の新聞式のものであるように見えた。しかし教授は少し空想好きであった。それで丈《せい》の高いかぎ[#「かぎ」に傍点]っ鼻の眼のくぼんだ、憂欝気にたれ下った髪を生やした、その男の態度や様子に見えるある奇妙なそして気抜けの
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