歩く誰れでもは幻影の歩みがついて来るような気がするのを知ってます。前にあるいは後ろにバタバタという反響がついて来ます、それで、人はその孤独においてほんとに一人ポッチであるという事を信ずる事は不可能です。私はこの反響の影響にはなれておりました。[#「。」は底本では欠落]それでちょっと前まではそれもあまり気にはしませんでしたが、私は岩壁の上をはっていた表徴的なある形を見つけました。私は立ち止まりました。と同時に私の心臓もハタと止まったように思われたのです。私自身の歩みは止みました。が反響は進んで行きました。
「私は前の方へかけ出しました。そしてまた幽霊のような足取もかけ出したように思われました。私は再び立ち止った、そして歩みもまた止みました。が私はそれはやや時が経って止んだという事を誓います。私は質問を発しました。そして私の叫びは答えこられました、けれどもむろん声は私のではありませんでした。
「私はちょうど私の前方の岩の角をまわって来ました。そしてその薄気味の悪い追跡の間中に私は休止したりまたは話したりするのはいつも屈曲した道のその様な角においてである事に気づきました。私の小さな電灯で現される事の出来る私の前方のわずかな空間は空虚な室《へや》のようにいつも空虚でした。こんな状態で私は誰であるかわからぬ者と話しを交えました。そこで話しは太陽の最初の白い光りに行きあたるまでずっと続きました。そこでさえ私は彼がどんな風に太陽の光線の中へ消えおったかを見る事が出来ませんでした。しかし迷路の口は多くの出入口や割目や裂目で一っぱいでした。それで彼にとっては洞穴の地下の世界に再び立ちかえって消え去る事は困難ではなかったでしょう。私は岩の清浄というよりはもっと幾分熱帯的に見える緑の植物が生えてる、大理石の台地のような大きな山のさびしい踏段《ふみだん》に出て来た事だけがわかりました。私は汚れない青い海を眺めました。そして太陽は底知れぬさびしさと沈黙の上に輝いていました。そこには驚きのささやきを交わす草の葉もなくまた人の影もありませんでした。
「それはおそろしい対話でした、非常に親密なそしてまた非常に別個なまたある意味において大変に取りとめのないものでした。体のない、顔のない、名もないしかし私の名で私をよぶ、この物は、吾々がクラブにおいて二つの安楽椅子にかけていたよりももっと熱情も芝居気《
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