じゃない。薩長の奴らは、命が惜しいもんだから、なるべく、近寄らずに威嚇《おど》かそうとしている、彼等――」
 と、云った時、昨夜、総がかりで作った関門に、煙が立って、炸裂した音が轟くと、門は傾いて、片方の柱が半分無くなっていた。人々は
「あっ」
 と、叫んで、半分起上りかけた。初めて、大砲の恐ろしい威力を見、自分らが十人で、百人を支えうると感じた所が、眼に見えない力で、へし折られたのを見ると、すぐ次の瞬間、自分らの命も、もっともろく、消えるだろうと思った。
「退却」
 という声が聞えた。
「退却、金千代っ」
 竜作が立上った。
「退却?」
 金千代が竜作の顔を見て、立上ろうとすると、近藤が走ってきた。
「退却ですか」
 金千代が突立った。近藤が、頷いて金千代の顔をみると額から血が噴出して、たらたらと、頬から、唇へかかった。金千代は
「ああ――当った――やられた」
 と、呟いて、眼を閉じた。竜作が
「やられた、弾丸《たま》に当った」
 近藤は、自分の撃たれた時には、判らなかったが、すぐ眼の前で、他人の撃たれるのを見ると、すぐ
(準備を仕直して、もう一戦だ。このままでは戦えぬ)
 と思った
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