て――」
「馬鹿っ、鉄砲隊に、あれだけ威張っておいて、今更頼みに行けるか」
人々は、怒りと、無念さと、屈辱とに、逆上しながら、じりじり這って退いた。
正月元日だった。吹き下してくる風が、凍っていて、時々、顔へ砂をぶっかけた。硝煙の臭が、流れてきた。
鎧が、考えていたよりも重いし、這うのに、草摺《くさずり》が邪魔になった。袴をつけている人は、平絹の、仙台平《せんだいひら》のいい袴を土まみれにしていたし、黒縮緬の羽織に、紐《ひも》をかけ、竹胴をつけている人は、水たまりに袖を汚していた。
組の者の外に、誰も見てはいなかったが、敵の前で、這っているのを、自分で、苦笑し、侮蔑《ぶべつ》し――だが
(次の戦いで)
と、思って、慰めていた。土方が
「上村、貴公、鉄砲が打てるか」
と聞いた。
「打てませぬ」
「竜公、貴様は?」
「あんな物位、すぐに――」
土方は大声で
「組に、鉄砲の打てる者はいるか」
と、這い乍ら叫んだ。
「三|匁玉《もんめだま》なら」
遠くで答えた。
「スナイドルか、ジーベルじゃ」
「毛唐の鉄砲は、打てん」
「誰もないか」
誰も答えなかった。
三
誰も、物を云わなかった。敗兵が、その中を、走り抜けようとして、倒れると
「馬鹿っ」
突倒したり、なぐったりした。
「何をっ」
起上ると、睨みつけたが、新撰組の旗印をみると、すぐ、走ってしまった。
「もうこれきりか」
前と、後ろとに「撰」と大書した四角い旗を立てていたが、その旗へ集った人々は、八十人しか無かった。二百五十人余で、伏見の代官役所から打って出、百七十人、御香ノ宮で、一槍も合さずに討たれたのだった。
それから、橋本で退却して、夜戦に、いくらか戦ったが、誰も鉄砲の音がすると、出て行か無くなってしまった。
枚方《ひらかた》へくると、敗兵が、堤《どて》の上に、下の蘆《あし》の間に、家の中に、隊伍《たいご》も、整頓もなく騒いでいた。大小の舟が、幾十|艘《そう》となく、繋《つな》がれていたが、すぐ一杯になって、次々に下って行った。
舟番場の所には、槍が閃《ひらめ》いていて、大勢の人が、何か叫び乍ら、兵を押したり、なぐったり、突いたり、槍を閃かしたりしていた。
堤の上を川沿いに、よろよろと、黒くつながり乍ら、下級の兵が落ちて行っていた。
「除《の》けっ」
「新撰組だっ」
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