。口惜しさと、焦燥と、憤怒とで眼は輝いていたが
「土方っ、退却っ」
と、怒鳴って、手を振った。刀をさしているのが、馬鹿馬鹿しいようだった。二三十年無駄にしたような気になった。土方の方が俺より利口だと思った。
一寸振向くと、敵は、未だ、隠れたままで射撃していた。そして空に耳許に、頭上に、弾丸の唸りが響いていて、立木へ、土地へ、砂嚢へ、ぶすっぶすっと時々弾丸が当った。
(こんな物で、死ぬ?――そんな)
と、思って金千代を見ると、口を開けて、両手をだらりと、友人の膝の両側へ垂れていた。
「捨てておけ、馬鹿っ」
近藤は、弾丸に当って死んだ奴に、反感をもった。何うかしていやがると思った。
金千代は額から全身へ、灼《あつ》い細いものが突刺したと感じると、すぐ、半分意識が無くなった。その半分の意識で
(俺はとうとう弾丸という奴をくったな)
と思った。
(だが、斬られるよりは痛くない。暗い、暗い、――竜作、もっと大きい声で――暗くて、大地が下へ落ちて行く、もっと、しっかり俺の手を握りしめてくれ――咽喉が渇いた――竜作――黙っていないで何か云ってくれ。俺は死ぬらしい――)
竜作は立とうとして、すぐ腹這いになった。そして、誰も見ていないのが判ると、そのまま四つ這で、周章てて、凹地《くぼち》の所まで走った。
勇は、後方に繋いであった馬の所へ行って、手綱を解いていた。丁度その時、谷干城《たにかんじょう》と、片岡健吉とが、先頭に刀を振って、走出してきた所であった。二三人の味方が、その方へ走っていた。勇は行こうかとも思ったが、何んだか馬鹿らしかった。というよりも撃たれたような気がした。
(今夜考えてみよう。俺は三十余年、剣術を稽古した。その俺より、百姓の鉄砲の方が効能がある。これは考え無くてはならぬ事だ)
勇は馬に乗った。そして真先に退却すると同時に、甲陽鎮撫隊は総崩れになって、吾勝ちに山を走り登りかけた。
竜作は、躓《つまず》いたり、滑ったりしながら、なるべく街道へ一直線に到着しようと、手を、頬を、笹にいばらに傷つけつつ、掻《か》き上った。
(江戸へ逃げて行って――何うにかなるだろう。何うにも成らなかったら、鉄砲にうたれてやらあ、切腹するよりも楽《らく》らしい。金千代は、楽そうな顔をして、死んでいやがった。然し、妙な得物だ。もう、武士は駄目になった)
眼を上げると、近藤
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