であった。
 近藤は、墨染で、肩を撃たれた事を思出した。小さい、あんな鼻糞のようなものが、一つ当ると、死ぬなど、考えられなかった。二十年、三十年と研究練磨してきた天然理心流の奥伝よりも鋭く人を倒す弾丸――小さい円い丸《たま》――それが、百姓兵の、芋侍にもたれて、三日、五日稽古すると、こうして、近藤が、この木の蔭にいても、何《ど》うする事も――手も足も出無いように――
(馬鹿らしい)
 と、思ったが、同時に、恐怖に似たものと、絶望とを感じた。土方は、堡塁の所から、首だけ出して、何か叫んでいた。
「あっ、敵が、敵が――」
 一人が叫んで、立上った。兵の首が、一斉に、その方を振向いた。山の側面に、ちらちら敵の白襷が見えて、ぽつぽつと、白煙が立ち、小さい音がした。近藤は前には立木があるが、後方に援護物が無いと思うと
「退却っ、あすこまで――」
 と、叫んで、一番に走り出した。ぴゅーんと、音がすると、一寸首をすくめた。

      八

「出たら、撃たれるったら」
 金千代が竜作の頭を押えた。
「然し、誰も撃たれてやしない」
「そりゃ、引込んでいるからだ」
「近づかないで、戦争するなんて、戦争じゃない。薩長の奴らは、命が惜しいもんだから、なるべく、近寄らずに威嚇《おど》かそうとしている、彼等――」
 と、云った時、昨夜、総がかりで作った関門に、煙が立って、炸裂した音が轟くと、門は傾いて、片方の柱が半分無くなっていた。人々は
「あっ」
 と、叫んで、半分起上りかけた。初めて、大砲の恐ろしい威力を見、自分らが十人で、百人を支えうると感じた所が、眼に見えない力で、へし折られたのを見ると、すぐ次の瞬間、自分らの命も、もっともろく、消えるだろうと思った。
「退却」
 という声が聞えた。
「退却、金千代っ」
 竜作が立上った。
「退却?」
 金千代が竜作の顔を見て、立上ろうとすると、近藤が走ってきた。
「退却ですか」
 金千代が突立った。近藤が、頷いて金千代の顔をみると額から血が噴出して、たらたらと、頬から、唇へかかった。金千代は
「ああ――当った――やられた」
 と、呟いて、眼を閉じた。竜作が
「やられた、弾丸《たま》に当った」
 近藤は、自分の撃たれた時には、判らなかったが、すぐ眼の前で、他人の撃たれるのを見ると、すぐ
(準備を仕直して、もう一戦だ。このままでは戦えぬ)
 と思った
前へ 次へ
全16ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング