ら、動こうと、じっとこっちを眺めていた。
頭の上を、近く、遠く、びゅーん、と音立てて、弾丸《たま》がひっきり無しに飛んでいた。周囲の兵は、皆地に伏して、頭を持上げて、坂上の敵を睨《にら》んでいたが、誰も立つものは無かった。
一人が、槍をもって、甲《かぶと》をつけた頭を持上げながら、腹|這《ば》いに進んでいた。その後方から、竹胴に、白袴《しろばかま》をつけ、鉢巻をしたのが、同じように、少しずつ、前進していた。
「危いぞ」
銃声は聞えていたが、外から、耳へ入るので無く、耳の底のどっかで、唸《うな》っているように感じた。前方の地に、小さい土煙が、いくつも上った。
「あっ」
と、叫んだ声がしたので、振向くと、一人が、額から、血を噴き出させて、がくりと前へ倒れてしまった。
御香ノ宮の塀に、硝煙の中から、ちらちら敵兵の姿が見えてきた。土方は、その姿が眼に入ると共に
「おのれ」
と、叫んで、憤怒《ふんぬ》が、血管の中を、熱く逆流した。その瞬間、七八人の兵が
「出たっ、芋侍《いもざむらい》っ」
と、いう叫びと共に、憑《つ》かれた獣《けだもの》のように、走り出した。真中の一人が、よろめいた。先頭のが、槍を片手でさし上げて、何か叫びながら、少し走ると、倒れてしまった。
二人が、元のように地に伏した。
「馬鹿っ、出るなと云うに」
土方が叫んだ時、残りの者が、皆倒れてしまった。
「退却っ、このまま、這って退却っ」
土方は、このまま日が暮れたら、全滅すると思った。
「退却っ」
鋭い声がしたので、その方を見ると、近藤|勇《いさみ》の倅《せがれ》、周平が、白い鉢巻をして、土方を睨んでいた。
「犬死してはならぬ」
土方が、睨み返して怒鳴った。
「射すくめられて戦えぬなら、いっそ戦へ出ん方がよろしい」
周平は、こう叫ぶと
「進め」
片手を突いて立上ると、右手の槍を高くさし上げて
「かかれ」
と、叫んだ。軒下の兵が、走り出した。両側から、二三十人ずつも、往来へ、雪崩《なだ》れ出した。銃声が激しくなって森を白煙で隠す位になると、倒れる者、よろめく者、逃げて入る者、伏せる者、みるみる内に、七八人しかいなくなった。
「周平っ」
土方は、近藤勇が、大阪で疵《きず》養生をしていていないからその間に、周平を殺しては、困ると思った。そして、立上りかけると、周平がよろめいて、膝をついた
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