使手《つかいて》で御座ろうか」
「武蔵が、好んで、養子にした者なら、申すに及ぶまい」
「では、勝負は?」
「それは判らぬ」
「二百石なら、貴殿も、二百石で、大した相違が、禄高から申せば無い訳だが、矢張り、ちがうものかの。甚だぶしつけだが、もし、荒木と立合えば、貴殿との勝負は?」
 半兵衛は、固い微笑をして、
「時の運」
 と、一言云った。人々は、余りに、ぶしつけな質問をしたのに、興をさまして、黙っていると、半兵衛が
「槍をとれば、大言ながら、相打ちにまでは勝負しよう」
 そう云うと、立上った。問うた者が、周章《あわ》てて
「桜井氏、御立腹なさらぬよう」
 と、叫んだが、もう、半兵衛は廊下へ出てしまっていた。
(同じ二百石。荒木と、わしと――だが、荒木は御前試合に出て、剣士一代の晴れの勝負をしたし、わしは、この田舎で、一生、田舎武士の師範で、朽ちるのだ)
 そう思うと、堪らなく、不快に――歩いている左右の家々も、樹々も、空気も――岐阜の一切が嫌になってきた。
(又五郎の事など、何うでもよい。荒木と、わしとを較べて、わしがそんなに、劣っているか、何うか? 自慢をするのでは無いが、わしも、一流を究めているつもりだ。荒木も、勿論達人であろうが、その技の差は、紙一重――討つにしても、討たれるにしても、むざと、負けぬだけの自信はある。又五郎に、助太刀するとか、せんとかは、二の次の話だ。二百石と、二百石。同じ石高で、一方は、将軍の前に、その剣技を見せ――わしは――わしは、その試合に撰ばれもせぬに、荒木と、同じ禄を頂戴している――意地悪く見れば、殿を欺いているものだ。禄盗人だ。よし、わしは荒木より、そんなに、腕が劣っているか、いないか、荒木と勝負してみよう。武を人に教える者として、今の一言は、聞きずてにならぬ。討たれたなら、それは、二百石の腕もないのに、二百石を頂戴していた罰《ばち》が当ったのだ。討てば――?)
 戸田の家中で、槍をとっては、霞の半兵衛と、綽名《あだな》されている桜井であった。
(討たれても、わしは、見苦しくは、負けまい。立派に勝負して、御前試合へ出た者のみが強いか、出ぬ者でも強いか――天下には、わし以外にも、こんな噂をされて、口惜しがっている師範役が、多いであろう。その人々の為にも、わしは、又五郎に助太刀してやろう。いいや、助太刀をするのでは無い。荒木と勝負をする
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