く胸に秘密をかくしているようなところを見れば、その話はいかにももっともらしく受取られるのであった。
 公爵と師父ブラウンとが再び最前の細長い鏡の間に戻った頃には、水辺や岸の柳に早や黄昏の色が立罩《たてこ》めていた。そして遠くの方でごい鷺が小児の打出す豆太鼓のように、ポコボンポコボンと啼いていた。何となくもの哀れなそして不吉な仙郷を思わせるような妙な情調が、小さな灰色雲のように再び坊さんの心をかすめた。
「ああ、フランボウ先生、早やく戻って来てくれるといいんだがなあ」と彼は独《ひと》り語《ごと》をつぶやいた。
「時にあなたは災禍というものを御信じになりますか」と落着きのないソワソワした態度で公爵は唐突に訊いた。
「いや」とブラウンが答えた。「私は最後の審判日なら信じますがな」公爵は窓から身を起して様子ありげに相手の顔を見た。夕日にそむいて顔を薄暗くくもらせながら言った。「と御っしゃいますとどういう意味ですな。」[#「」」は底本では欠落]
「という意味は、この世に居る吾等《われら》は綴錦《つづれにしき》の裏側に住んでるようなもんじゃという意味です。どうもこの世に起る事というものは、全部の姿
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