かのように、薄気味悪く思われた。
「御前様がお帰りあそばしました」と彼は云った。

        三

 その瞬間、一つの姿が第一の窓の外を通った、続いて第二の窓を通ると、その通行する鷲のような輪廓を幾つかの鏡が炎のように次々にとうつして行った。彼は姿勢が正しく、そしてすきがなかったが、毛髪には霜をおき、そして顔色は妙に象牙のように黄いろっぽい。鼻は禿鷹の嘴のような羅馬《ローマ》鼻で、一般の場合この鼻には附き物の肉のこけ落ちた長い頬と顎を型の如くに備えてはいるが、これ等の道具立ては半ば口髭でおおわれているのでいかめし気に見えた。その口髭は顎髯よりははるかに黒くて、幾分芝居じみていた。彼の服装は、これも同じく芝居がかりで、白い絹帽をかぶり、上衣《うわぎ》には蘭《らん》の花をかざし、黄色い胴衣を着、同じく黄色い手袋を歩きながらパタパタやったり振ったりしていた。やがて彼が玄関の方へ廻ると、鯱鉾《しゃちこ》ばって出迎えるポウルの扉《ドア》を開ける音や、帰着した公爵が、「ア御苦労々々今戻った」という声が聞えた。ミスター・ポウルは頭をさげながら、何事かヒソヒソと主人に答える様子であった。数分間は
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