彼等の対話は聴取《きと》ることが出来なかった。が、やがてミスター・ポウルの「何事もあなたにお任せします」という声がきこえた。サレーダイン公爵はあいかわらず手袋をパタパタとたたきながら、来客達に挨拶するために機嫌のよさそうな顔をして部屋の中にはいって来た。彼等はもう一度かの薄気味悪い光景を眼にした――五人の公爵が五つの扉《ドア》からはいって来たのを。
公爵は白い帽子と黄いろい手袋を卓子《テーブル》の上に置いて、すこぶる慇懃に手を差出した。
「これはようこそお越し下すった、フランボーさん」と彼が云った。「あなたの事はもうよう存じておりましてな――御令聞‥‥と申上げて失礼でございませんなら」
「いやその御心配には及びませんハハハハハハ」とフランボーは笑いながら答えた。「私は神経質ではないですから。しかし、とかく顕《あら》われんものは善徳ですよ」
公爵は相手のこの返報が、何か自分の事を云っているのではないかと思って、相手の顔をチラリとぬすみ見た。が、やがて自分も笑い出しながら、一同に椅子をすすめ、自分も腰かけた。
「ちょっと悪くない場所でな、ここは」と彼はくつろいだ調子で云った。「格別珍らしいものと云ってはないが、しかし釣だけは全く名物ですよ」
坊さんは嬰児のような生真面目な眼付をして公爵の顔に見入っていたが、何といって捕捉する事の出来ない隠微《かすか》な幻のようなものがちょいちょい頭の中で動めいた。彼は綺麗に分けた霜のような頭髪、黄味をおびた色白の顔、きゃしゃな、幾分めかした姿などに見入った。それ等は決して不自然という感じを与えるほどではなかったが、舞台裏の俳優の扮装した姿のように、何となくこってりしたあくどさがあった。名状しがたいような興味はむしろ他の点に、顔の輪廓そのものにあった。この顔の型はどこかで見覚えがあるようだなと思ったが、憶出せないので苛立った。誰か知らん、昔馴染の友達の着飾った姿のような気がした。
公爵は愛嬌たっぷりな頓智のよい応待振りを発揮しながら、二人の客人の間に心を配って相手を外させなかった。探偵が娯楽が大好きで、大いに保養の実をあげたがっているらしい様子を見ては、フランボーやフランボーの持舟を居廻りの一番よく釣れる場所へ案内するかと思うと、二十分以内には自分だけ先きに自分用の撓舟《かいぶね》で帰って来て、読書室に居る師父ブラウンのそばへ行って、同じようにいんぎんに坊さんの好みの哲学談に話しを合わせるという風であった。彼は釣についても、書物についても、なかなか知識を持っているように見えた。後者の方はすばらしい開発振りを見せもしなかったが、彼は五六ヶ国語を操った。もっとも主として俗語ではあったが、彼は明らかに諸国の変った町々や種々雑多の社会に生きて来た。実際彼の最も愉快な物語の中には地獄のような賭博場、阿片窟、オーストラリアの山賊など、しきりに出没した。師父ブラウンも、かつて名高かったこのサレーダインが最近の数年を旅から旅へと過しつつあるということだけは知っていたが、その旅がかほどに外聞の悪い、もしくはかほどに面白いものだったとはさすがに思いもよらなかった。
実際公爵は世の事情にたけた人としての品位はあるにはあっても、ブラウン坊さんのような感じの鋭敏な人の眼には、どうもそわそわした、一歩を進めて言えば信用の置けない調子のある人物として見えるのはしかたのない事である。なるほど彼の顔形はいかにもやかまし屋のようには見える。が、その眼光にはどうも荒《す》さんだところがある。彼は酒か薬品かで身体のふるえる人のような神経の傾きがちょいちょいと見える。そして家政上の問題には一度も手を染めたことはないらしい。家の内の事は何から何まで二人の年とった召使にまかせっきりで、殊に給仕頭の方はこの家にとっては大黒柱に相違ないのだ。実際ポウルは給仕頭というよりは一種の家令という方が適切で、もう一歩進んで云えば、侍従ともいいたいくらいである。食事の時にも表立ってこそ食べないが食卓の礼儀は決して主人公爵のそれに負けないのだ。下々の者等も彼をピリピリと怖がっているようだ。そして公爵が彼と相談する時でも、主従の礼儀だけは正しくやるが、どこかに傲慢なところが見えるのだ。むしろ、彼が公爵の法律顧問ででもあるような態度が見えるのだ。それに比べると、陰気な家政婦の方は、まるで日蔭の女である。実際彼女は給仕頭に対しては、己《おの》れを低く屈して、まるで彼の召使か何かのように見える。ブラウンは、彼女が最前公爵の兄と弟について自分に私語したようなあのような猛烈な調子は、あれきり爪の垢ほども聞くことが出来なかった。公爵がその弟大尉……今どこにいるのやら……のために果たしてどれくらいの金を取られたのやら見当がつかなかったが、サレーダイン公爵の様子に何とな
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