無理を――」
「判ってる。」
看護婦が去った。俊太郎は、仰向きになったまま、暫くじっとしていたが、いつも、ロボットを置いてある、扉の所から、ベッドまでの距離を、頭の中で計りながら、(ベッドに、重量が加わると同時に、ロボットが、自動運動を始めて、ベッドの方へ来る装置――ベッドの下のバネが――そうだ、バネが、リズミカルに、動く――その、ある度数を経た時に、ロボットが、行動を起す――それがいい。装置は、簡単だ)
俊太郎は、そう考えて、
「第二の贈物だ。」
と、呟いた。
三
夫人は、和服で、膝を重ねていた。絨氈《じゅうたん》の上に、長襦袢の裾が、垂れていた。クッションの中へ、埋まって、煙草を喫いながら、
「そりゃ、愛してるわ。」
男を、そういって、ちらっと見て、男の眼の微笑を見ると同時に、
「正確にいうと、愛していた、だわ」
「病気になったり、愛されなくなったり――二重に不幸ですね。」
「自ら招いた責任よ。夫の資格が、半分無くなっているのに、妾《わたし》にだけ、同じでいろなんて、不合理よ。」
男は、左手を、椅子の後方へ廻して、夫人の、頸《くび》を抱いた。夫人は、煙を、男の顔へ、吹っかけて、
「その代り、癒《なお》れば、元々どおりに、愛してやってもいいわ。」
「僕は、どう成るんです、その時――」
「判らない。」
「二つの場合がありますね。」
「そうよ。」
夫人は、そういって、重ねている左脚の先で、男の、靴を押した。
「一つはさよなら、一つはこのまま。」
「そうよ。」
「一体、どっちなんです。」
「そんな事、今から考えてどうするの。」
「だって、僕にとっては、重要問題です。」
「さよなら、をすると、いったら、現在の状態が、変化する?」
「いくらか――」
「気持の上で。」
「ええ。」
「じゃあ、変化するがいいわ。さよなら、をするわ。さ、変化して頂戴。」
夫人は、顔を正面にして、男を見た。
「どう変化した?」
「そう、急には。」
「変れない?」
「だって――さよならが、嘘だか、本当だか――」
「本当にするのよ。だから、変って頂戴。」
男は、夫人の頸を、引寄せようとした。夫人は、その手を掴んで、
「変らなけりゃ、嫌。」
男は、黙って、夫人の左手をとった。夫人は、身体を反らして、
「変れないの?」
「よく考えておきましょう。」
「そう、よく考えておくって
前へ
次へ
全10ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング