よくなってね。」
夫は、疲労した瞳を、部屋の扉《ドア》の所へやった。
「あの、ロボット。」
夫人は、振向きもしないで、
「早くよくなって、又、これを、二人の物にしましょうよ。」
「あの三号のロボットを俺だと思って――」
俊太郎は、夫人の指を握りしめて、愛の印を与えた。
「嫌よ、そんなこと。貴下《あなた》、頭が、どうかしているわ。さ暫く、お眠《やす》みなさいね。」
夫人は、手を引いた。
「俺は、そういうように、特種な設計をしておいたんだ。」
「嫌、嫌。」
夫人は、椅子から立上った。そして、扉の方を見た。扉の傍に、精巧な、軽金属製のロボット――侵入者を防ぐためのロボットが、冷かに立っていた。青い服を着て、手袋をはめて、パリから来た、一九三六年型の、パリ女の好みの顔立をして、じっと、夫人を眺めていた。
二
俊太郎は、ベッドの上へ起上った。湿《うる》おいの、無くなった眼、眼瞼《まぶた》の周囲に、薄暗く滲出《にじみだ》している死の影、尖った頬骨、太くせり出したこめかみの血管――そんなものが、青磁色の電燈カバーに、気味悪く照し出されていた。
その、ベッドの側に、合成アルミニュームのロボットが人体と――肌と、同じように巧妙に塗料を施されたゴムを密着して、裸体のまま突立っていた。それは、俊太郎が、ロボットを、どれだけ、人間に近づけ得るか、という研究の対象物となっていた物で、ゴムの厚さ、薄さ、その硬軟の度合が巧妙に、アルミニュームの支柱を蓋《おお》うていて、その眼は、廻転をするし、その眼瞼は開閉するし、口、それから発音、歩行、物の把握――それらの動作は、殆ど人間とちがわなかった。
俊太郎は、病気の前、その前兆として、身体に異状のあった時、そのゴムの上の、塗料の膜へ、電気を通じる事を施こして、身体を揉ました事があった。そして、夫人にもそうした事をさせた時、夫人は、
「人間、そっくりね。ロボットの手まで、暖いわよ。」
と、俊太郎を、媚の眼で、眺めた。
「恋人にもったら?」
「素敵だわ。」
夫人は、そういって、ロボットの無表情な――だが、美しい顔を、ちらっと見た。
「恋愛の対手《あいて》には、不十分だが、それ以外の対手になら、人間以上だよ。」
「そんな事、出来て?」
「簡単さ、ベアリングを入れて、自由に動くようにすればいいのさ。」
そういっている俊太郎の顔
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