と》り働いて食わなければならなかった。母親は息子の死んだ六畳でせっせと裁縫の針を動かした。父親の禿頭はやはりその街道におりおり見られた。
 墓にはたえず花が手向《たむ》けられた。花好《はなず》きの母親はその節ごとに花を携《たずさ》えて来てはつねにその前に供えた。荻生さんも羽生の局に勤めている間はよく墓参りをした。ある秋の日、和尚さんは、廂髪《ひさしがみ》に結《ゆ》って、矢絣《やがすり》の紬《つむぎ》に海老茶《えびちゃ》の袴《はかま》をはいた女学生ふうの娘が、野菊や山菊など一束にしたのを持って、寺の庫裡《くり》に手桶を借りに来て、手ずから前の水草の茂った井戸で水を汲んで、林さんの墓のありかを聞いて、その前で人目も忘れて久しく泣いていたということをかみさんから聞いた。
「どこの娘だか」
 などとその時かみさんが言った。
 ところがそれから二年ほどして、その墓参りをした娘が羽生の小学校の女教員をしているという話を聞いた。
「あの娘は林さんが弥勒《みろく》で教えた生徒だとサ」とかみさんはどこかで聞いて来て和尚さんに話した。
 秋の末になると、いつも赤城《あかぎ》おろしが吹きわたって、寺の裏の森
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