くことのできぬような日記ならだんぜんよしてしまうほうがいい」こう思って筆をたったのを覚えている。その間の一年と二三か月の月日のことを清三は考えずにはおられなかった。その間はかれにとっては暗黒な時代でもあり、また複雑した世相《せそう》にふれた時代でもあった。事件や心持ちを十分に書けぬような日記ならよすほうがいいと言ったが、それと反対に日記に書けぬようなことはせぬというところに、日記を書くということのまことの意味があるのではないかとかれは考えた。
かれはふたたび日記を書くべく罫紙《けいし》を五六十枚ほど手ずから綴《と》じて、その第一|頁《ページ》に、前の三か条をれいれいしく掲《かが》げた。
明治三十六年十一月十五日
かれはこう書き出した。
四十一
「過去は死したる過去として葬《ほうむ》らしめよ」
「われをしてわが日々のライフの友たる少年と少女とを愛せしめよ」
「生活の資本は健康と金銭とを要す」
「われをして清き生活をいとなましめよ」
こういう短い句は日記の中にたえず書かれた。
またある日はこういうことを書いた。
「野心を捨てて平和に両親の老後を養い得ればこれ余の
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