藪の陰からやさしい唄がかすかに聞こえる。
 加須《かぞ》街道方面とはまったく違った感じをかれに与えた。むこうはしんとしている。人気《ひとけ》にとぼしい。娘などもあまり通らない。がいして活気にとぼしいが、こちらはどの家にもこの家にも糸を繰る音と機を織る音とがひっきりなしに聞こえる。村から離れて、田圃《たんぼ》の中に、飲食店が一軒あって夕方など通ると、若い者が二三人きっと酒を飲んでいる。亭主はだらしないふうで、それを相手にむだ話をしている。嚊《かかあ》は汚ない鼻たらしの子供を叱っている。
 発戸《ほっと》の右に下村君《したむらぎみ》、堤《つつみ》、名村《なむら》などという小字《こあざ》があった、藁葺屋根《わらぶきやね》が晨《あした》の星のように散らばっているが、ここでは利根川は少し北にかたよって流れているので、土手に行くまでにかなりある。土手にはやはり発戸|河岸《がし》のようにところどころに赤松が生えていた。しの竹も茂っていた。朝露のしとどに置いた草原の中に薊《あざみ》やら撫子《なでしこ》やらが咲いた。
 土手の上をのんきそうに散歩しているかれの姿をあたりの人々はつねに見た。松原の中にはい
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