気なしげ子をなつかしく思うようになった。帰る時、母親は昨日からたんせいして煮てあった鮒《ふな》のかんろ煮を折りに入れて持たせてよこした。
 このごろはまったく世に離れて一人暮らした。新聞もめったには手にしたことはない。第五師団の分捕問題《ぶんどりもんだい》、青森第三連隊の雪中行軍凍死問題《せっちゅうこうぐんとうしもんだい》、鉱毒事件《こうどくじけん》、二号活字は一面と二面とに毎日見える。平生《へいぜい》ならば、新聞を忠実に注意して見るかれのこととて、いろいろと話の種にしたり日記をつけておいたりするのであるが、このごろはそんなことはどうでもよかった。人が話して聞かせても、「そうですか」と言って相手にもならなかった。愛読していた涙香《るいこう》の「巌窟王《がんくつおう》」も中途でよしてしまった。学校の庭の後ろには、竹藪《たけやぶ》が五十坪ほどあって、夕日がいつもその葉をこして宿直室にさしこんで来るが、ある夜、その向こうの百姓家から「福は内、鬼は外」と叫ぶ爺《おやじ》の声がもれて聞こえた。「あ、今日は節分かしらん」と思って、清三は新聞の正月の絵付録日記を出してみた。それほどかれは世事《せじ》
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