「どうも困るなア」
 清三は長大息《ためいき》を吐《つ》いた。
「いま少し商売がうまく行くといいんだが、どうも不景気でなア。何をやったッてうまいことはありやしない」
 父親はこう言った。
「ほんとうにお前には気の毒だけれど毎月いま少し手伝ってもらわなくっては――」母親は息子《むすこ》の顔を見た。
「それは私は倹約をしているんですよ、これで……」と清三は言って、「煙草もろくろく吸わないぐらいにしているんですけれど……」
「お前にはほんとうに気の毒だけれど……」
「父《おとっ》さんにもいま少しかせいでもらわなくっちゃ――」
 清三は父に向かって言った。
 父は黙っていた。
 財政の内容を持ち出して、母親がくどくどとなお語《かた》った。清三は母親に同情せざるを得なかった。かれは熱心に借金の不得策《ふとくさく》なのを説いて、貧しければ貧しいように生活しなければならぬことを言った。最後にかれはしまっておいた金を三円出して渡した。
 友だちを訪問しても、もう以前のようにおもしろくなかった。郁治はたえずやって来るが、こっちからはめったに出かけて行かない。会うとかならず美穂子の話が出る。それを聞く
前へ 次へ
全349ページ中176ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング