《ふたかみやま》の古城址《こじょうし》のような形をした肩のところに夕日は落ちて、いつもそこからいろいろな雲がわきあがった。右には赤城から日光連山が環《わ》をなして続いた。秩父の雲の明色の多いのに引きかえて、日光の雲は暗色《あんしょく》が多かった、かれは青田を越えて、向こうの榛《はん》の並木のあたりまで行った。野良《のら》の仕事を終わって帰る百姓は、いつも白地の単衣《ひとえ》を着て頭の髪を長くした成願寺の教員さんが手帳を持ちながらぶらぶら歩いて行くのに邂逅《でっくわ》して挨拶をした。時には田の畔《あぜ》にたたずんで何かしきりに手帳に書きつけているのを見たこともあった。清三の手帳には日付と時刻とその時々に起こったさまざまの雲の状態と色彩と、時につれて変化して行く暮雲《ぼうん》のさまとがだんだんくわしく記された。
「平原の雲の研究」という文をかれは書き始めた。
彼岸の中日《ちゅうにち》には、その原稿がもうたいていできかかっていた。その日は本堂の如来様にはめずらしく蝋燭《ろうそく》がともされて、和尚さんが朝のうち一時間ほど、紫の衣に錦襴《きんらん》の袈裟《けさ》をかけて読経《どきょう》をした
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