んが例の禿筆《ちびふで》をとったのがあちこちに立っている。土饅頭の上に茶碗が水を満たして置いてあって、線香のともったあとの白い灰がありありと残って見えた。花立てにはみそ萩や女郎花《おみなえし》などが供えられてある。古い墓も無縁の墓もかなり多かった。一隅《かたすみ》には行き倒れや乞食の死んだのを埋葬したところもあった。清三は時には好奇《ものずき》に碑の文などを読んでみることがある。仙台で生まれて、維新の時には国事に奔走《ほんそう》して、明治になってからここに来て、病院を建てて、土地の者に慈父のように思われたという人の石碑《せきひ》もあった。製糸工場の最初の経営者の墓は、花崗石《みかげいし》の立派なもので、寄付金をした有志の姓名は、金文字で、高い墓石に刻《ほ》りつけられてあった。それから日清の役《えき》にこの近在の村から出征して、旅順《りょじゅん》で戦死した一等卒の墓もあった。
この墓地とはまったく離れて、裏の林の奥に、丸い墓石が数多く並んでいる。これは歴代の寺の住職の墓である。杉の古樹《こじゅ》の陰に笹《ささ》やら楢《なら》やらが茂って、土はつねにじめじめとしていた。晴れた日には、夕方
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