例の庇髪《ひさしがみ》に結《ゆ》って、白いリボンがよく似合った。
 ビールの空罎《あきびん》に入れられた麦湯が古い井字形《せいじがた》の井戸に細い綱でつるして冷やされてあった。井戸側には大きな葉の草がゴチャゴチャ生《は》えている。流しには菖蒲《しょうぶ》、萱《かや》などが一面にしげって、釣瓶《つるべ》の水をこぼすたびにしぶきがそれにかかる。二三日前までは老母が夕べごとにそこに出て、米かし桶の白い水を流すのがつねであったが、娘が帰って来てからは、その色白の顔がいつもはっきりと薄暮《はくぼ》の空気に見えるようになった。そのころには奥で父親の謡《うたい》がいつも聞こえた。
 美穂子は細い綱をスルスルとたぐった。ビールの罎《びん》がやがて手に来る。結《ゆ》わえた綱を解いて、それを勝手へ持って来て、土瓶に移して、コップ三つと、砂糖を入れた硝子器《うつわ》とを盆にのせて、兄の話している座敷へ持って行く。
「なんにも、ご馳走はございませんけど、……これは一日井戸につけておいたんですから、お砂糖でも入れて召し上がって……」
 麦湯は氷のように冷えていた。郁治も清三も二三杯お代わりをして飲んだ。美穂子は
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