はさびしそうにぽつねんとひとり机にすわって書を見ていた。
剖葦《よしきり》はしきりに鳴いた。梅雨《つゆ》の中にも、時々晴れた日があって、あざやかな碧《みどり》の空が鼠《ねずみ》色の雲のうちから見えることもある。美しい光線がみなぎるように裏の林にさしわたると、緑葉が蘇《よみが》えったように新しい色彩をあたりに見せる。芭蕉の広葉は風にふるえて、山門の壁のところには蜥蜴《とかげ》が日に光ってちょろちょろしている。前の棟割《むねわり》長屋では、垣から垣へ物干竿をつらねて、汚ない襤褸《ぼろ》をならべて干した。栗の花は多く地に落ちて、泥にまみれて、汚なく人に踏《ふ》まれている。蚊はもう夕暮れには軒に音を立てるほど集まって来て、夜は蚊遣《かや》り火の煙《けむり》が家々からなびいた。清三は一円五十銭で、一人寝の綿|蚊帳《がや》を買って来て、机をその中に入れて、ランプを台の上にのせて外に出して、その中で毎夜遅くまで書《ほん》を読んだ。自分のまわりには――日ごとによせられる友だちの手紙には、一つとして将来の学問の準備について言って来ないものはない。高等師範に志しているものは親友の郁治を始めとして、三四人
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