ついで、
「それで家のほうはどうするつもりです? 毎日|行田《ぎょうだ》から通うというわけにもいくまい。まア、当分は学校に泊まっていてもいいけれど……考えがありますか」
「どこか寄宿するよいところがございますまいか」とこれをきっかけに清三が問うた。
「どうも田舎《いなか》だから、格好《かっこう》なところがなくって……」
「ここでなくっても、少しは遠くってもいいんですけれど……」
「そうですな……一つ考えてみましょう。どこかあるかもしれません」
 二時間すんだところで、清三は同僚になるべき人々に紹介された。関という準《じゅん》教員は、にこにこと気がおけぬようなところがあった。大島という校長次席は四十五六ぐらいの年かっこうで、頭はもうだいぶ白く、ちょっと見ると窮屈《きゅうくつ》そうな人であるが、笑うと、顔にやさしい表情が出て、初等教育にはさもさも熟達しているように見えた。「はあ、この方が林さん、私は大島と申します。何分よろしく」と言った言葉の調子にも世なれたところがあった。次に狩野《かのう》という顔に疣《ほくろ》のある訓導と杉田という肥った師範《しはん》校出とが紹介された。師範校出はなんだかそッ気ないような挨拶をした、女教員は下を向いてにこにこしていた。
 次の時間の授業の始まる前に、校長は生徒を第一教室に集めた。かれは卓《テーブル》のところに立って、新しい教員を生徒に紹介した。
「今度、林先生とおっしゃる新しい先生がおいでになりまして、皆さんの授業をなさることになりました。新しい先生は行田のお方で、中学のほうを勉強していらしって、よくおできになる先生でございますから、皆さんもよく言うことを聞いて勉強するようにしなければなりません」
 校長のわきに立って、少しうつむきかげんに、顔を赤くしている新しい先生は、なんとなく困ったような恥ずかしそうな様子に生徒には見えた。生徒は黙って校長の言葉を聞いた。
 次の時間には、その新しい先生の姿は、第三教室の卓《テーブル》の前にあらわれた。そこには高等一年生の十二三歳の児童がずらりと前に並んで、何かしきりにがやがや言っていたが、先生がはいって来ると、いずれも眼をそのほうに向けて黙ってしまった。
 新しい教師は卓《テーブル》の前に来て椅子《いす》に腰を掛けたが、その顔は赤かった。読本《とくほん》を一冊持って来たが、卓《テーブル》の上に顔
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