れ》もおりおりは交った。そこに関さんがやって来て、昆虫採集の話や植物採集の話が出る。三峰《みつみね》で採集したものなどを出して見せる。小畑は学校にあるめずらしい標本や昨年の秋に採集に出かけた時のことなどを話して聞かせる、にぎやかな声がいつもはしんとした宿直室に満ちわたった。
夕飯《ゆうめし》は小川屋に行って食った。雨気《あまけ》を帯びた夕日がぱッと障子《しょうじ》を明るく照らして、酒を飲まぬ荻生さんの顔も赤い。小畑は美穂子や雪子のことはなるたけ口にのぼさぬようにした。かれは談笑の間にもいちじるしく清三の活気がなくなったのを見た。
荻生さんは清三のいない時に、
「あれでも去年はなかなか盛んだったんですからな」
こう言って、女が学校にやって来たことなどを小畑に話して聞かせた。小畑は少なからず驚かされた。
夜は小川屋から一組の蒲団《ふとん》を運んで来た。まだ寒いので、荻生さんは小使部屋に行ってはよく火を火鉢に入れて持って来た。菓子もつき、湯茶もつき、話もつきてようやく寝ようとしたのは十一時過ぎであった。便所に出て行った小畑は帰って来て、「雨が降ってるねえ」と声低く言った。
「雨!」
と明日《あす》朝早く帰るはずの荻生さんは困ったような声を立てた。
「明日《あした》は土曜、明後日《あさって》は日曜だ。行田には今週は帰らんつもりだから、雨は降ったッてかまいやしない。君も、明日《あした》一日遊んで行くサ。めったに三人こうしていっしょになることはありゃしない」と清三はこう荻生さんに言ったが、戸外にようやく音を立て始めた点滴《てんてき》を聞いて、「愉快だなア! こうしたわれわれの会合の背景が雨になったのはじつに愉快だ。今夜はしめやかに昔を語れッて、天が雨を降らしてくれたようなものだ!」
興《きょう》が大《おお》いに起こって来たというふうである。小畑の胸にもかれの胸にも中学校時代のことがむらむらと思い出された。清三は帰りがおそくなるといつもこうして一枚の蒲団《ふとん》の中にはいって、熊谷の小畑の書斎に泊まるのがつねであった。顔と顔とを合わせて、眠くなってどっちか一方「うんうん」と受け身になるまで話をするのが例であった。
「あのころが思い出されるねえ」
と小畑は寝ながら言った。
荻生さんが一番先に鼾声《いびき》をたてた。「もう、寝ちゃった! 早いなア」と小畑が言った。そ
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