の間《ま》の花瓶《かびん》にかれはめずらしく花を生《い》けた。早咲きの椿《つばき》はわずかに赤く花を見せたばかりで、厚いこい緑の葉は、黄いろい寒菊《かんぎく》の小さいのと趣《おもむき》に富んだ対照をなした。べつに蔓《つる》うめもどきの赤い実の鈴生《すずな》りになったのを※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》していると、母親は「私、この梅もどきッていう花大好きさ、この花を見るとお正月が来たような気がする」こう言って通った。父親は今朝猫の額のような畠の角《かど》で、霜解《しもど》けの土をザグザグ踏みながら、白い手を泥だらけにして、しきりに何かしていたが、やがてようやく芽を出し始めた福寿草《ふくじゅそう》を鉢に植えて床の間に飾った。朝日の影が薄く障子《しょうじ》にさした。親子は三人楽しそうに並んで雑煮《ぞうに》を祝った。
 清三の日記は次のごとく書かれた。
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明治三十七年
一月一日――新しき生命と革新とを与ふべく、新しく苦心と成功と喜びと悲しみとをくだすべく新年は来たれり。若き新年は向上の好機なり。願はくば清く楽しき生活をいとなましめよ。
△「新年《にいとし》を床の青磁《せいじ》の花瓶に母が好みの蔓梅《つるうめ》もどき」△小畑に手紙出す、これより勉強して二年三年ののち、検定試験を受けんとす、科目は植物に志す由《よし》言ひやる。△風邪心地やうやくすぐれたれば、明日あたりは野外写生せんとて画板《がばん》など繕《つくろ》ふ。
二日――「たたずの門」のあたりに写生すべき所ありたれど、風吹きて終日寒ければやむ。△きく子が数へし玄米一合の粒数《つぶかず》七二五六。
三日――昨夜入浴せしため感冒ふたたびもとにもどる。△休暇中に野外写生の望《のぞ》み絶《た》ゆ。
四日――万朝報《まんちょうほう》の米調べ発表。玄米一升七三二五〇粒。△今年は倹約せんと思ふ。財嚢《ざいのう》のつねに虚《きょ》なるは心を温めしむる現象にあらず。しょせん生活に必要なるだけの金は必要なり。
五日――年賀の礼今年は欠く。
六日――牧野雪子(雪子は昨年の暮れ前橋の判事と結婚せり)より美しき絵葉書の年賀状|来《き》たる。△腫物《はれもの》再発す。
七日――病後療養と腫物のため帰校をのばす。△紅葉秋濤《こうようしゅうとう》著《ちょ》「寒牡丹」読みかけてやめる。

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