の関係についてまず語った。
「そうしてみると、先生なかなかご執心《しゅうしん》なんだねえ」
「ご執心以上さ!」と郁治は笑った。
「この間まではそんな様子が少しもなかったから、なんでもないと思っていたのさ、現にこの間も、『おおいに悟った』ッて言うから、ラヴのために一身上の希望を捨ててはつまらないと思って、それであきらめたのかと思ったら、正反対《せいはんたい》だッたんだね」
「そうさ」
「不思議だねえ」
「この間、手紙をよこして、『余も卿等《けいら》の余のラヴのために力を貸せしを謝す。余は初めて恋の物うきを知れり。しかして今はこのラヴの進み進まんを願へり、Physical なしに……』なんて言ってきたよ」
 この Physical なしにという言葉は、清三に一種の刺戟《しげき》を与えた。郁治も黙《だま》って歩いた。
 郁治は突然、
「僕には君、大秘密《だいひみつ》があるんだがね」
 その調子が軽かったので、
「僕にもあるさ!」
 と清三が笑って合わせた。
 調子抜けがして、二人はまた黙って歩いた。
 しばらくして、
「君はあの『尾花《おばな》』を知ってるね」
 郁治はこうたずねた。
「知ってるさ」
「君は先生にラヴができるかね」
「いや」と清三は笑って、「ラヴはできるかどうかしらんが、単に外形美《がいけいび》として見てることは見てるさ」
「Aのほうは?」
「そんな考えはない」
 郁治は躊躇《ちゅうちょ》しながら、「じゃ Art は?」
 清三の胸は少しくおどった。「そうさね、機会が来ればどうなるかわからんけれど……今のところでは、まだそんなことを考えていないね」こう言いかけて急にはしゃいだ調子で、
「もし君が Art に行けば、……そうさな、僕はちょうど小畑《おばた》と Miss N とに対する関係のような考えで、君と Art に対するようになると思うね」
「じゃ僕はその方面に進むぞ」
 郁治は一歩を進めた。
 清三は今、車の上でその時のことを思い出した。心臓《しんぞう》の鼓動《こどう》の尋常《じんじょう》でなかったことをも思い出した。そしてその夜日記帳に、「かれ、幸《さち》多《おお》かれ、願はくば幸多かれ、オヽ神よ、神よ、かの友の清きラヴ、美しき無邪気なるラヴに願はくば幸多からしめよ、涙多き汝《なんじ》の手をもって願はくば幸多からしめよ、神よ、願ふ、親しき、友のために
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