とまるか何うかといふことがいつもひそかに窕子の頭を惱ました。從つて窕子は内の誰よりも先に――主人に此上なく忠實な呉葉よりも先に殿の來るか來ないかがわかつた。
『あ! 行つて了つた……今宵も來ない』かう何遍かの女は口に出して言つて失望したか知れなかつた。その行列がサツサと行つて了へば、それが最後で、あとは秋の長夜を、さびしい獨寢の長夜を、虫がすだいたり月がさしたりまた時には雨が烈しく心細く降つたりする夜をひとりさびしく送らなければならないのである。かの女はそれを考へるといつもうんざりした。また一夜眼をさましていろいろなことを考へなければならないのか。それもたゞ眠られぬといふだけならまだしもだけれども、あだし女子と何處で何うして寢てゐるであらうか、またあの坊の小路だらうか、それともまたこの頃出來たといふ河原の邸だらうか、そんなことを考へると、自分の家にとまつた時のことに引きくらべて、忽ち赫とならずには居られないのであつた。此の身の當然すべきことを他の女子がやつてゐる。それだけでたまらなく身内が削られるやうに業が煮えて爲方がないのに、この虫の音をも向うではさびしとはきかず、この月の光をも盃に
前へ 次へ
全213ページ中66ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング