てもこの身に及ぶべくもないと思つた。窕子は優越感を十分に感じた。この他にも藤壺の侍女の中に兼家が深く思をかけた女のあることを窕子は聞いた。
 可愛い子供が出來ればそんなことはなくなる。それは兼家の方のことを言つたのか、それとも自分の方の心のことを言つたのか。まだ子供が出來ない中には、それは無論兼家の方のことを言つたので、さうなればひとり手に愛情が此方に移つて來る。可愛い子の愛にひかされてひとり手に足が此方に向くやうになる。さう思つてばかりゐたのに、子供が出來てからは、それはさういふ意味ではなくて、單に此方の心持――子供の愛に慰められて、さうした男の好色をも堪へ忍ぶやうになるといふことであるといふことが窕子にも次第に飮み込めて來るやうになつた。(男の心には女があるばかりだ……)窕子はひとり寢の夜など唇を噛んでかう獨語した。この人の世のことが年を經るにつれて次第にぴたりと身に觸れて來るのを感じた。

         一四

 兼家の行列はいつも大内裏から西洞院へと下つて行つた。それは普通は東三條の邸へと行くのが常であるが、ともすると、それが堀川の方へ行つたり、また時には西の京の荒れ果てた
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