と思ひますね。色戀は出來ても誰も持たぬといふさびしみ、誰もしつかりつかんでゐないといふ孤獨、さういふことを考へると、内裏などで行はれてゐる色戀はそれこそ水の上に書いた字のやうなものですからね。だから、何んな人でも構はぬ。殿上人でなくてはいけないなど言つたのは、あれは昔、娘であつた時分の虚榮、今はもう何でも構ひませんよ。何方かと言へば、誰も知らぬやうな、唯毎日つとめるところにつとめて、夕方になるとそればかりを樂しみにして歸つて來るやうなさういふ夫だつたら一層好いと思ひますね』
『でも、それは駄目よ。それに滿足してゐられるあなたなもんですか。』
『それはまア、さうかも知れませんけども、まア話にして、さういふ風に考へることがよくありますよ。またあの御門あたりにつとめてゐる男子にさういふのがいくらもあるんですからね……。それを思ふと、平等に出來てゐるのね。』
窕子は今またそれを繰返してこゝに考へ出さずにはゐられなかつた。
一三
兼家もしまひには笑ひながら、『何もそんなに案ずることはあるまい、この身はこれほどそなたのことを思うて居るではないか。普通の道端の花とは思つては
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